日本の現代詩101

制作 : 高橋 順子 
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  • Amazon.co.jp ・本 (211ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784403250927

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  • 「音の歳時記」 那珂太郎

    一月 しいん

    石のいのりに似て 野も丘も木木もしいんとしづまる 白い未知の頁 
    しいんーとは無音の幻聴 
    それは森閑の森か 深沈の深か それとも新のこころ 震の気配か
    やがて純白のやははだの奥から 地の鼓動がきこえてくる

    二月 ぴしり

    突然氷の巨大な鏡がひび割れる ぴしり、と きさらぎの明けがた 
    何ものかの投げたれきのつけた傷? 
    凍湖の皮膚にはしる鎌いたち? ぴしりーそれはきびしいカ行音
    の寒気のなか やがてくる季節の前ぶれの音

    三月 たふたふ

    雪解の水をあつめて 渓川は滔々と音たてて流れはじめる 
    くだるにつれ川股に若草が萌え土筆が立ち 
    滔々たる水はたふたふと和らぎ 光はみなぎりあふれる 
    野にとどくころ流れはいっそう緩やかに 
    たぷたぷ たぷたぷ みぎはの草を浸すだらう

    四月 ひらひら

    かろやかにひらひら 白いノオトとフレアアがめくれる 
    ひらひら 野こえ丘こえ蝶のまぼろしが飛ぶ 
    ひらひら空の花びら桃いろのなみだが舞ひちる 
    ひらひら ひらひら 緩慢な風 はるの羽音

    五月 さわさわ

    新緑の木立にさわさわと風がわたり 青麦の穂波もさわさわと鳴る 
    木木の繁りがまし麦穂も金に熟れれば ざわざわとざわめくけれど 
    さつきなかばはなほさわさわと清む 
    爽やか、は秋の季語だけれど 麦秋といふ名の五月もまた 爽やか

    六月 しとしと

    しとしとしとしとしとしとしとしと 武蔵野のえごのきの花も 
    筑紫の無患子の花も 小笠原のびいでびいでの
    花も 象潟の合歓の花も うなだれて絹濃のなが雨に聴きいる 
    しとどに光の露をしたたらせて

    七月 ぎよぎよ

    樹樹はざわめき緋牡丹は燃え蝉は鳴きしきる さつと白
    雨が一過したあと 夕霧が遠い山影をぼかすころ 
    ぎよぎよぎよ 蛙のこゑが宙宇を圧しはじめる 月がのぼるとそれは  
    ぎやわろっぎやわろっぎやわろろろろりっと 心平式の大合唱となる

    八月 かなかなかな

    ひとつの世紀がゆつくりと暮れてゆく 渦まく積乱雲のひかり 
    光がかなでる銀いろの楽器にも似て かなかな
    かなかなと ひぐらしのこゑはかぼそく葉月の大気に
    錐を揉みこむ 冷えゆく木立のかげをふるはせて

    九月 りりりりり

    りりりりり......りり、りりり......りりり、
    りり......り、りりりり...... あれは草むらにすだく虫のこゑか 
    それとも鳴りやまぬ耳鳴りなのか ながつき ながい夜 無明
    長夜のゆめのすすきをてらす月

    十月 かさこそ

    あの世までもつづく紺青のそら 北の高地の山葵色の林を 
    しぐれがさっさつと掠めてゆくにつれ 幾千の扇子が舞ひ 
    梢が明るみはじめる 地上にかさこそとかすかな
    気配 栗鼠の走るあし音か 地霊のつぶやきか

    十一月 さくさく

    しもつきの朝の霜だたみ 乾反葉敷く山道を行けばさりさり 
    波うちみだれる白髪野を行けばさくさく 無数の氷の針は音立ててくづれる  
    澄んだ空気に清んだサ行音 
    あをい林檎を噛む歯音にも似て

    十二月 しんしん

    しんしん しはすの空から小止みなく 白模様のすだれがおりてくる 
    しんしん茅葺の内部に灯りをともし 見えないものを人は見凝める 
    しんしんしんしん それは時の逝く音 
    しんしんしんしん かうして幾千年が過ぎてゆく

  • 瀧口修造のところだけ。収録作は、『瀧口修造の詩的実験1927〜1937』より「地上の星」。シュルレアリスムの自動記述の方法は意識下の想念や夢を明るみに出し、不可思議や狂気の積極的意義をはかるものである。/無理に言葉の裏の意味を探ろうとしないで、文字どおり映像的に読んだほうが面白い。といった鑑賞に足がかりを得て。

  • ずいぶん前に買ったのに、登録するのをすっかり忘れていた。
    先人たちの発想と表現がうらやましいな。これを血としたいと思うし、肉にしたいと思う。

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