イワナの夏 (ちくま文庫 ゆ 1-1)

著者 :
  • 筑摩書房
3.65
  • (4)
  • (4)
  • (8)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 76
感想 : 8
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480025333

作品紹介・あらすじ

「イワナのもっとも堅固な隠れ家は『昔』の中である。」それはなぜか?釣りは楽しく、哀しく、厳粛でこっけいで、またよく物を考える機会でもあり、忘れる時でもある。あるときは信濃川にヨセミテの谷にと、川を歩き糸をたれ、やわらかな感受性で描き出した自然との、そして人々との交友記。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 池澤夏樹さんが、『わたしのなつかしい一冊』の中で、この本の文章を引いて紹介していらした。その文章に『ひと読みぼれ』して、これは夏に読むべき本だと思い決めた。読もうと思えば、すぐ読めたのに、後生大事に今まで取っておいたのだ。

    今年の夏は、つい先日に軽井沢に行った。旅だといえば、必ず本をもって行かなくてはならぬ。ないと落ち着かない。9月であったが、この旅の道連れは、この本と定めた。すなわち、読み終わるまでは、誰がなんと言おうと、私の中では夏である、と。

    読み始めたら、お誂えに、信州での釣りの話が出ていた。ホテルのベランダには、気持ちの良いテーブルセットがあり、美しい自然の川が見えた。鳥も来るし、蝶が舞い上がってゆくのすら見える。そこでこれを読んだ。至福であった。

    私の釣り体験は、小学校四年生。北軽井沢の至近、美ヶ原高原にあった、ちいさな釣り堀一回きりである。竹の竿に、買った餌を付けて、数匹を釣り上げ、その場で塩焼きにしてくださったのを食べた。手に来る釣れた感じと、魚を引き上げるタイミングの面白さを、こんなに時間が経っても覚えている。本格的な釣りを嗜むなら、なお面白いであろう。

    のっけから、フライと書かれてあっても、それがフライフィッシングのことであろうと思い至るまでに、ちょっとかかった。知らない言葉があっても、文章の流れを切りたくなくて、そのままずんずん読み進んだ。

    緑の匂い、葉擦れの音、清流の済んだ水毬。美しい銀の魚。跳ねる姿態。トレッキングブーツで踏んだ土のにおいと感触。夜の気配。焚き火やそこで飲むコーヒー。釣りという、その一事で、尊敬していたり、友情を持っていたり。そういうよきもの。著者様に言わせれば、『悪魔の趣味』の滋味を、文章から分けて頂いた。

    今もこの本にあるような、素朴で清々とした佇まいの自然や人とのつながりがあるかどうか。釣りのつの字も知らない私には、確かめには行けないのだが。それにしても、なんでもかんでも、知っていなくてもいい気がした。知らないからこそ、読んだ時の感動は大きい。

    この本の瑞々しさは、忘れられないと思う。

    それと、行方不明になられた冒険家、植村直己さんとの交友。川への渉猟も収められていて、『植村』と呼び記しておられる文章に胸を衝かれた。偉大な業績を残した人であることは、勿論よくわかっておられて、なお。自然の中では、ただ、友であるということが、くっきり浮き上がる。

    ルポや映像で伝えられる植村さんとは、また違う。見送る著者様の心中は、いかばかりだったか。落ち着いた文章だからこそ、伝わってくるものがあった。

    全く何も知らずに読んでも、美しい、詩情のある文章で、よくぞ紹介してくださったとも思うし、読もうと思い決めた自分を褒めたくなる程に面白かった。他にも釣りのエッセイで面白いものはあるのだろうか。あるなら読んでみたいものだ。

  • 情景描写いいね。

  • 釣りの小説として評判は良かったけど、思ったほどのめり込むような内容ではなかった。山本素石のような"旅感"を感じるエッセイが自分には合っている。

  • 釣りはしたことがないけれども、風景の美しくノスタルジックな描写と、作者の川魚に対する愛着やまるで少年のように山野に遊ぶ姿勢が楽しく時に切なかった。
    釣りって魚を食べるためか、蒐集の側面があるものかと思ってたけど、いきものとの駆け引きなんだなあ。
    気になる表現はたくさんあったけど特にハッとしたのは…
    ◎大小のイワナが、流れからとぼけたような愛嬌のある顔を出すとき、ひとりでいる緊張がほぐれ、僕は自由になる。とびきり美しい生命を相手に戯れるのだ。透明清冽な流れのなかに命あるものがざわめき、僕はそれを聞き、それを見る。(ヤマセミ飛ぶ)

    ◎夏に雨が多かったりすると、目の前が暗くなる思いがする。夏に仕事が多かったりすると、これまた目の前が暗くなる。夏は烈しい太陽の下を歩きまわり、季節の中で行方不明になりたい。(中略) 時は容赦なく流れ、夏は傾き、やがて去っていく。僕は東京のコンクリート建造物の上に積乱雲がくずれるのを眺めながら、忘れがたい昔の夏の場面(シーン)をぼんやり思い出して、逝く夏を惜しむのだ。(逝く夏)

    ◎途切れることのない瀬音の通奏低音の中をオオルリの艶っぽい旋律がきらめきながら横切った。時が止まっている。いや止まっていない。もうすぐ夕暮れがくる。夕暮れがくれば、たしかに魚はいるんだから……そう思うと、頭を薄い膜のようにおおっていたニセの眠気がはじけた。(イワナの夏 乱舞)
    ここは何度読んでも真面目に遊んでる時のワクワク感が湧き上がってくる。

    ヤマメ・アマゴってきれいな魚だな。
    ちょっと自分でもやってみたくなった。

  • 24年前の本ですが、今なお色あせない風景があります。写真も挿絵も一枚もありませんが、美しい渓流と山々の情景が目に浮かんできます。
    実際の渓流を舞台にした短編集ですので、古い本であっても川の名前はもちろん、地名も現在と変わりありません。
    個性的な登場人物がつぎつぎと登場してきます。
    渓流釣りに没頭するためにホームレスとなった人物は特に印象的で、街角でじっと座る姿が、映画のワンシーンのように思い浮かびます。
    釣行前に読むもよし。釣りに行けない時やシーズンオフに読むもよし。

  • まず表紙は実写版釣りキチ三平って感じ?
    それはともかく、この本を読んでいて確信したけど、釣りは兄弟との思い出のシーンによく似合う。
    つんくの本で一番印象に残ったエピソードが、釣りに連れてってもらうことになったときのエピソードなんだけど、こんときもお兄ちゃんが出てくる。
    オレもなぜか一度だけ、弟と2人だけで行った釣りのことを今でも鮮明に覚えてるんだ。

    兄弟が仲良かった頃の思い出に、釣りの思い出はよく似合う。なにか切ない気分になってしまう。
    弟は覚えているだろうか?

全8件中 1 - 8件を表示

著者プロフィール

1938年新潟県生まれ。慶應大学文学部卒業後、文藝春秋に入社。「文學界」編集長、同社取締役を経て、東海大学教授、京都造形芸術大学教授を歴任。『須賀敦子を読む』で読売文学賞を受賞。著書、編著多数。

「2019年 『大岡昇平の時代』 で使われていた紹介文から引用しています。」

湯川豊の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×