アタリ文明論講義: 未来は予測できるか (ちくま学芸文庫 ア 31-2)
- 筑摩書房 (2016年9月7日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480097514
作品紹介・あらすじ
文明の浮沈は常に先を読む力に左右されてきた。混迷を深める現代社会にその力はあるか。EUの予言者と称される碩学が語る文明論。
感想・レビュー・書評
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図書館で借りたけど、購入しようと思う。
もう一度、きちんと読み直したい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ちょっとタイトルとの齟齬がよろしくない。
文明論についての話ではなくて、
未来予測の意義と方法論を説くものだと読んだ。
そういうものとして読めば別に良いのだけれど
文明についての、ここの評価はないし、
未来予測を使って文明を考えるというようなこともない。
サブタイトルに「未来は予測できるか」とあり
原著もこのタイトルであったようだから、
こちらにしてくれればよかった。
ただ未来について語る、という視点に立って
古代の占い、天気予報、金融工学と辿っていくような整理は
それ自体楽しいものだ。
未来を予測するための方法として紹介されているやり方は
地味ながら、これしかないとも思えるものなので
参考になるところはあるのではないだろうか。
>>
さまざまな未来の発生確率に対して正規分布を用いると、極端な出来事の発生確率は過小評価されてしまう。(p.143)
<<
株価の変動に対する評価に対する話だ。
確かに外れ値を外れ値として処理するのは簡単だが、
それこそ人の期待が組み込まれた現象の評価は安定しにくくなる
真っ当な理由があるように思える。
>>
今日、自分の未来を予測できない、あるいは予測したくない人は、将来の惨事に対する覚悟が必要だ。月並みな例をいくつか挙げると、彼らは、退職後の準備ができていない、返済の見込みのない借金で暮らしている、自分の行動が環境や他者におよぼす影響を無視する。そのようなことをすればどうなるのかわかっていても、彼らはそうした不都合を無視する。(p.24-25)
<<
かなり脅迫めいた言い回しである。
これはアタリがあれやこれや聞かれて、
「こいつら自分で考える気ないんじゃね?このままだと滅亡するんじゃね?」
と思ってきたことの蓄積でないかと思うんだが、どうだろう。
一人ひとりの未来は一人ひとりが予測しながら対応しなくてはならない。
それは許されているし、そうすることは倫理的ですらある。 -
社会が大きく変化していることを、実感しています。
具体的にどのような価値観や行動原理が求められるのか?自分自身どのような備えをすべきなのか?不透明さや不安を感じています。
そのため、未来予測に関する書籍を、意識して読むようにしています。
この本の著者は、過去に未来予測の分野で複数の話題書を発表してきたという、フランスの知識人。
過去に大統領の顧問をつとめた経験もあり、「ヨーロッパ最高の知性」と称されているそうです。
そんな著者が、これまで発表してきた未来予測をどのように行ってきたか、そのベースとなる考え、方法を開示した一冊です。
前半は、これまで人類がどのように未来予測をしてきたのかを、幅広い視点で総括しています。
その上で、21世紀の現在、どのような形で未来予測ができるのか、その予測対象をどのように捉えるのかについて、著者の考えを提示しています。
後半部分について、以下に自分なりの要約を記述します。
・コンピュータおよびデータ収集/分析技術の発達により、データをバックグランドにした未来予測がされるようになる
・これまでは原因と結果、という視点で捉えられていたが、今後はデータと事象の相関関係に、焦点が当てられるようになる
・社会の権力は、有効なデータを収集し活用する組織が、握るようになる
・個人や個人が属する組織の未来は、従来に比べてかなり多くの部分で、予測できるようになる
・そのため、運命論的に生涯を送っているような感覚に、陥る危険性がある
・大切なのは、未来予測を踏まえて、どのような未来を作り上げていくかという意思と、その実践である
個別の内容では、健康や金融の面でどのようなデータが集められ予測が立てられているのか、といったあたりが気になりました。
そして全体としては、 どのような未来を送りたいのか?自分自身で整理しなければいけないなと、感じました。
終盤にその具体的な方法が書かれているので、大変そうではありますが、実践していきたいと思います。
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人類がどのように未来を知ろうとしてきたのかという歴史と著者の行っている未来予測の方法、そして今後起こるであろう社会の変化についても触れている。何を使って予測するかというところでは多くの評論家は参考にしない、あるいは無視しているだろう音楽や小説も予測の種となると指摘している。またコンピュータゲーム(シミュレーションゲーム)は未来予測の訓練に使うことができるという他では余り聞かないアドバイスもあった。政治経済だけでなく音楽やゲームにまで注目するアンテナの高さが予測の正確さをもたらしているのだろう。
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原題:Peut-on prévoir l'avenir ?, Fayard, 2015
著者:Jacques Attali (1943-)
訳者:林 昌宏(1965-)
・原書の商品ページ
<http://www.fayard.fr/peut-prevoir-lavenir-9782213686752>
【筑摩書房の】
定価:本体1,000円+税
Cコード:0120
整理番号:ア-31-2
刊行日: 2016/09/07
ページ数:256
ISBN:978-4-480-09751-4
JANコード:9784480097514
文明の浮沈は常に先を読む力に左右されてきた。混迷を深める現代社会にその力はあるか──。EUの予言者と称される碩学が予測術を軸に語る文明論。
<http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480097514/>
【目次】
日本語版への序文(二〇一六年七月二一日 ジャック アタリ) [003-005]
目次 [007-008]
はじめに――未来は予測可能か 015
第1章 天の予言、神々の権力 037
民衆の未来を語る/未来の全体像を解読する/未来のエッセンスを暴き出す/なぜこれらの予言テクニックをいまだに信じるのか
第2章 時間を操る、人間の力 081
予言から逃れる――自由と恩寵/天気予報/高まる時間の価値――思索と予想/“歴史”の意義――長い時間/予測術を身につけるための四つのメソード
第3章 偶然を制御する、マシンの威力 119
モデル―シミュレーション、予測、予言/偶然性に回帰する/予言する独裁者
第4章 私の未来予測 179
自分自身の未来を予測する/身近な人や見ず知らずの他人の未来を予測する/企業の未来を予測する/国の未来を予測する/人類の未来を予測する
結論 [218-221]
謝辞 [222-223]
訳者あとがき(二〇一六年六月二七日 林昌宏) [224-229]
参考文献 [230-254]