コレクター蒐集 (海外文学セレクション)

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (203ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488016364

作品紹介・あらすじ

骨董品鑑定人ローザの持つ摩訶不思議な碗は六千年以上のあいだ数多くの人間の手を渡り歩いてきた。恋の指南役を井戸に閉じ込めている鑑定人ローザ。冷凍イグアナで弁護士をなぐる泥棒。やって来たエホバの証人をあっという間にベッドに引きずり込む、盗癖のある若い女。書くもの書くものがタッチの差でダーヴィンにフローベールにマルクスに先を越される女…。骨董品が蒐集した滑稽な人間どものカタログ。

感想・レビュー・書評

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  • 書き出しがいささか面妖だ。「わたしは、この星に余るほど蒐集してきた。/お次の所有者…ご老体、肥満体(略)目下の保管者…競売人」。「わたし」とはいったい誰で、何を蒐集してきたのだろう。所有者?保管人?謎かけは作者の専売特許だ。あっさり種明かしといこう。実は、「わたし」と名のりを上げる話者は人ではなく、今のところ「六千五百年以上前のメソポタミアで大流行した、サソリの模様をこれ見よがしにまとったサマラ文化の薄い陶器」である。

    このとんでもなく古くから地上に存在する陶器は変幻自在。何にでも形を変えることができるだけでなく、人の心を読み、過去の記憶を探ることまでする。つまり、この「碗」こそ話者であり、その時その時の所有者(コレクター)を蒐集するコレクターというのが、ちょっとひねくれた作者ティボール・フィッシャーの今回の趣向らしい。古今東西の珍談稀譚を披瀝するのは博覧強記の作者の得意とするところだが、気の遠くなる時間を旅する者として陶器というのは、よく考えられた設定だ。いろいろな階層の人の手から手へと受け渡される宿命の下にあり、半永久的に存在可能。物語を記憶する装置として申し分がない。

    この物語の記憶装置が語りだすためには、語りを引き出す巫女の存在が必要になる。それが、ローザ。ロンドンの南にあるアパートに住む二十六歳の美術品鑑定家だ。ローザには特殊な能力がある。器に触れることでその内部に入り込み、声を聞くことができる「水脈探知人」の一人だったのだ。ローザは、この風変わりな「碗」に触れることで、値踏みを行うが、「わたし」の方も同じようにローザを値踏みする。男が金をつぎ込むほどの、はっと目を引く美しさはないが、温かみとユーモアという資質を持つローザ。「わたし」は、どうやらローザのことが気に入ったようだ。

    緩徐楽章のような導入部が終わると、展開部は一気にアレグロだ。ローザのアパートは昼間から不審者が徘徊する物騒な界隈にあった。そこにニキという三十前後のヒッチハイカーが共通の友人の紹介を装って転がり込んでくる。この女がとんでもない食わせ者で、アパートに居座るや、金目の物を売り払うは、出会って数分の客と寝るは、という男も女も見境なく漁るセックスマニア。名前以外は全部嘘という女のどこが気に入ったのか、ローザはニキとの同居を続ける。

    ティボール・フィッシャーという小説家は、おそらくすこぶるつきの頭脳派なのだろう。あまりにも頭が切れるタイプは長い話に退屈する。そこで、極端にシュールなネタを可能な限り短くして機関銃のように撃ちまくる。古今東西の信じられない話を探し出してきては、惜しげもなく披露する。これらの逸話のうち、何割が作者の創造によるものだろうか、まるで見当もつかない。とにかく、極限まで誇張された男や女の悲運な物語が展開される。死者は徹底的に苛まれ、愚者はとことんまで虚仮にされる。何かに固執するものは、必ずや最後に裏切られみじめな最期を遂げることになる。救いがないわけではない。最後に報われる運命の者もいる。ただ、そこに至るまでは辛酸を嘗めること必定。

    何千年も生きてきた(?)「わたし」の語る時宜を得た物語は、ローザの心を癒し、安らかな眠りへと誘う。「わたし」は、その見返りとして、ローザの過去の恋物語をたずねて記憶の糸をたどる。そこには老賢者と年若い娘との夜毎の密かな心の交流がある。それだけではない。『千一夜物語』や『カンタベリー物語』のように、面白い挿話を披露するための仕掛として枠物語の形式を用いることが多いが、本作も「わたし」以外に、ニキやタバサ、レタス、ランプといったローザと関わる女性を語り手とすることで様々なタイプの物語が語られる。理想の相手を探して苦戦中のローザが主人公だから、いかに理想の相手を見つけることが困難かというガールズ・トークは、愚痴めいた方に傾きがちだ。人物の口を借りて語られる次のような言葉の苦いこと。

    「夢っていうのは、踏みにじられるためにあるの。それは断熱材のようなもの、人生の汚い手を遠ざけておく包装紙みたいなもので、人生の最後にたどり着くまでの手助けにすぎないのよ」

    しかし、まあそこはそれ。ボーイ・ミーツ・ガール物の常として結末は期待してもらってよい。それまでに張りめぐらされた伏線が、なるほどこのためであったかという鮮やかな効果を見せて最後を飾る。稀代の語り手、ティボール・フィッシャーの紡ぎだす物語世界に心ゆくまで酔い痴れたい。酔い醒めの心地よさは保証する。

    原題は“The collector collector.” 日本語タイトル『コレクター蒐集』は意味は通るものの、あまり親切な訳とは思えない。「コレクター」は、すでに外来語として通用している言葉である。『コレクターコレクター』、もしくは『コレクター蒐集家』の方が原題の意をよく伝えるように思うが、如何に。

  • なんとも、そそられる題名!(笑)

    「若き美術品鑑定人ローザの元に依頼された皿は、
    数千年間世界を渡り、意思を持ち、あらゆるものに姿を変えることができる存在だった。
    今までに無数のコレクターたちの手に渡ってきたが、
    その実、そのコレクターたちが「それ」によって分類・ナンバリングされて暇つぶしの材料になっていた。
    それが、これまでに蒐めてきた、変人たちの奇妙な人生の数々……」

    縦軸として、
    美人なのに全く男運かせないため、井戸に恋愛コラムニストを閉じこめて、
    素晴らしい恋人を捜しているローザの物語があり、
    横軸が、
    陶器の記憶を感じることが出来るローザに、「それ」が見せる様々な人々の物語と、
    ローザの家に押し掛けてきた、色情狂で盗癖のあるニキの経験がある。

    基本的には陶器が、ずーっと変人たちの記憶を語ってる体裁。
    書くもの書くもの、全てがタッチの差で文豪たちに先んじられる女性が、
    晩年は貴族と結婚して、庭に病院を建てて精神病者を蒐集する話が結構面白い。

    陶器が全ての事象を「○○番目のタイプ」とナンバリングしてるのが、コレクター魂を感じさせて笑える。

    「全てのコレクションには法則がある。絵だから、壷だから、整理し、索引を作り、終わることがない……」
    的な一文があるんだけど、魂に響きました(笑)

    なんというか、お洒落さんなフランス映画って感じ(ってどんなだよ)
    つまらなくないんだけど、あんまり好みのタイプじゃないかなぁ。
    ただ、ラストは結構好き。

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