- Amazon.co.jp ・本 (332ページ)
- / ISBN・EAN: 9784488583033
感想・レビュー・書評
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舞台は闇を抱いてひっそりと建ち続ける丘の屋敷。
屋敷調査のために集まった四人の男女。
このどこか幻想的な匂いが漂う屋敷が秘めているものに惹きつけられた。
終始まとわりつく不穏な空気、その空気がもたらす喜怒哀楽、狂気、そして結末。次第に心がのみこまれていくような状態に薄気味悪さを感じる。
これがこの作品の最大のポイントなんだろうな。
彼女は屋敷にのみこまれたのか、いや、彼女が屋敷をのみこんだように感じた。
哀しみの空気が漂った。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
幼いころや若いころ頃に読んで興奮したミステリアスな物語のパターンは、「古い広大な屋敷に数々の部屋があり」「その屋敷の家政を取り仕切っている怖い女管理人(女中頭とか)が居て」「ヒロインはどこかひねくれて孤独の女性」だったのです。
つまりバーネット『秘密の花園』は伯父さんの大きなお屋敷、怖い女中頭のメドロックさん、わがままで気難しい孤児のメアリが主人公。デュ・モーリア『レベッカ』では結婚したマキシム所有のお城のようなマンダレイ屋敷、使用人の得体が知れない意地悪なデンバース夫人、ヒロインの質素で孤独な独身女性「わたし」という構成なのです。
ここでも丘の上の屋敷、エレーナという孤独なヒロイン女性と厳格で頑固な管理人料理人のダドリー夫人が登場します。
ただ、大きく違うのは、『秘密の花園』が荒涼としたムーアの風が吹くに屋敷の中で子供らしく探検するのと、『レベッカ』がツツジの花の香りと霧にまかれてそくそくと謎めいていくのにたいして、『丘の屋敷』は湿った寒い空気に触れられて、ぞおっとする超常現象が起こるのですが、それをどう理解するのかで違ってくるのです。ええーっこんなこと信じられない!ではだめなんです、正直わたしは途中まではそうでしたけどね。
しかし、シャーリィ・ジャクスンの『お城で暮らしている』でも描いていますが、ヒロインの女性の個性・気質・属性がなんとも真に迫っていて、読み終わったときにはこちらが鬱々としてしまうのであります。
この物語冒頭の
「この世のいかなる生き物も、現実世界の厳しさの中で、つねに正気を保ち続けていくというのは難しい」
という言葉が恐ろしくなります。 -
以前スティーブン・キングの吸血鬼小説『呪われた町』を読んだときに、この作品について言及されていたので興味を持ち、早速本屋さんで探したところ、どうもすでに絶版らしく全く見つからず、古本屋で地道に探すか~と思いつつ放置していたのがいつのまにか今年(2016)後半のシャーリイ・ジャクスン新作翻訳ブーム(?)のおかげで重版されていたようです。「処刑人」の帯見るまで気づかなかった。とりあえず読めて嬉しい。もとは1959年の作品で、日本では時代によって「山荘綺談」「たたり」などのタイトルで翻訳されており(原題は「THE HAUNTING OF HILL HOUSE」)、映画化も2度(「たたり(1963)」「ホーンティング(1999)」)されているゴシックホラーの古典。
とても怖かったけれど、個人的にはその怖さはホラー映画の手法的な怖さではなく、シャーリイ・ジャクスンらしい人間の心理面での怖さだと感じた。幽霊屋敷の調査、という設定だてはいかにもホラー的だし、確かに幽霊がいるらしき事象は度々起こるけれど具体的な姿は現さない、屋敷の由来を調べても、最初に家を建てた家族の不幸な因縁話と、その後誰も長期的に棲みつかない、近隣からも忌み嫌われてるという事実がある程度で、大量殺人も起こっていないし、その屋敷で死んだ人も実はいない。つまりこの屋敷を「祟って」いるものの正体がイマイチはっきりしないのだけど、家を建てた男が自分の娘に残したスクラップが発見されたときに、とんだ毒親というか、この父親ちょっと狂ってる、という印象だけがほのめかされる。屋敷を覆っているのは悪霊ではなく狂気なんじゃないのか。
一方、主人公のエレーナ(ネル)は、過去に心霊体験らしきものがあることで博士に呼ばれて来たけれど、霊感以前に本人の性格のほうで読者に不安を感じさせるタイプ。10年以上母親の介護に追われ恋愛経験もなく気づいたら32才。介護を彼女におしつけて自分は家庭をもっている姉もとんだ毒姉で自己中心的。地味で内向的で自分に自信がなく情緒不安定なネルは霊の側からしたら付け入る隙満載。一緒に実験に加わったセオドラは美人な上に明るく社交的。最初は仲良くなるものの次第にネルはセオに対して劣等感から疑心暗鬼になり殺意まで覚える。私が屋敷の霊でも、明るいセオやノーテンキなルーク、現実的なモンタギュー博士ではなく、ネルを狙うと思う(苦笑)
そういう意味では後半突如やってくるモンタギュー夫人とアーサーという男はあまりにも現実的で私が霊なら絶対こいつらには憑りつきたくない(笑)モンタギュー夫人は日本でいうコックリさんみたいな降霊術を使ったりするけれど、とても霊能力がある繊細なタイプとは思えない強烈なオバチャン。屋敷の雰囲気や4人のチームワークをぶちこわしに来たかのような俗物の彼らはまるで悪役のように描かれているけれど、実は救世主だったんじゃなかろうか。こういう人たちには、遠回しで思わせぶりな霊の嫌がらせとか通じないもの。こんな人に住まれたら、この屋敷逆にきっと健全になると思う。
そういう意味ではネルは、屋敷に取り込まれたわけじゃなくて、居場所も自信もない彼女自身が、この屋敷で初めて得たリア充体験(気のおけない女友達と気のあるそぶりをしてくれる男友達と父親のような大人の男性と寛いで振る舞える時間と空間)を手放したくなかったがゆえの結末で、彼女の内面の狂気がすべて引き起こしたのかもしれない。屋敷に幽霊がいると思うより、そっちのほうが私は怖かったし切なかった。 -
読んでいて小説の中で辻褄が合わないこと、意味不明な言葉が当然飛び出してきて不安を覚えては心がざわつく。
気が狂いそうだった。
幽霊が出てくる描写等は特に無いのに堪らなく怖くてもう勘弁してくれと思っていたらあの結末で地獄を見た。
途中からとある人物の精神が蝕まれ、おかしくなっていく描写が見事過ぎて本当に怖い。
そしてそんな彼女が一瞬だけ正気に戻る、そのタイミングが絶妙に最悪過ぎて呻く。
ラストの後、丘の屋敷は壊されることも浄化されることもなくどんどん呪いを集めて住人を増やしていくんだろうな。
Netflixで絶賛配信中のドラマ、『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』を観た後に本作を読んだため端から端まで面白かったが、こんな凄まじい小説を現代的に解釈したマイク・フラナガン監督があまりにも天才すぎて何も言えない。
『丘の屋敷』を読んだ今だからこそ、『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス 』の結末があれでベストだったと思ったし、あの結末にしようって決めたその姿勢が本当に素晴らしい。
『丘の屋敷』を見事に再構築した『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス 』も併せて観て欲しい。 -
古典的な怖さのある小説。
直接的ではなく、得体のしれないものにじわじわと後ろから近づかれているような怖さ。距離が縮まるにつれて息遣いがはっきりと聞こえるようになり、いつそれが自分の首筋に吹きかけられるのか。
振り向く勇気のない者は、想像し怯えながら、ただ立ち尽くすことしかできない。
80年前に建てられた『丘の屋敷』。幾人か借り手は現れるものの、数日で引き払ってしまう。今となってはもう誰もその屋敷には近づかない。
心霊学研究者のモンタギュー博士はその屋敷の調査のために、心霊に関係する経験や能力を持っていると思われる人に協力を求め、コンタクトをとる。丘の屋敷に滞在し、そこで起こる現象を論文にして発表しようと考えているのだ。集まったのはポルターガイストの経験を持つエレーナと、透視能力を持つセオドラ、その屋敷の持ち主の甥のルーク、そして博士の4人。
到着してその屋敷を目にした途端、誰もが得体の知れない嫌な気配を感じた。2日目の夜にいよいよ『それ』は明確に存在を現し始める。屋敷の中にある図書館、不気味な顔が飾られている子供部屋、少しずつ位置をずらして作られている奇妙な部屋の配置、不気味な存在感のある灰色の塔。何度開けても、知らず知らずに閉まってしまうすべてのドア。
形がバラバラの小さな石をひとつひとつ積み上げていくような、そんな不安定な気持ちになるこの小説は、『それ』の存在がなんだったのかを解明する話ではない。彼らのうちのひとり、エレーナがこの屋敷に共鳴し、心を囚われ、自覚のないままやがてすべてを飲み込まれていく怖さを描いたものだ。
物語の始まりと終わりが全く同じであるのも怖い。一言一句違わない。
それは、丘の上の屋敷は何十年経っても変わらずあの場所にあり、そして永遠に叶うことのない願いのためにまた誰をとりこもうと待っていることを表しているに違いないとわたしは思う。
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丘の屋敷
著作者:シャーリィ・ジャクスン
発行者:東京創元社
タイムライン
http://booklog.jp/timeline/users/collabo39698 -
80年前に建てられた〝丘の屋敷〟と呼ばれる家は、これまで何人もの人が借りて住んだものの、いずれも短期間で出て行ってしまうという、いわくつきの屋敷でした。そんな建物に興味を持ったのが、怪異な現象の謎を解き明かそうとするモンタギュー博士。博士はこの屋敷を借り受け、調査の手助けになると思われる何人もの人物に招待状を出しますが、その招きに応じたのが、屋敷の持ち主の甥にあたるルーク、透視能力を持つと思われるセオドラ、そして物語のヒロインであるエレーナの3人でした。モンタギュー博士は、先入観に囚われない学術的見地から調査にあたろうとしますが、4人は次々に不可思議な現象に見舞われます。ところが彼らは、怯えながらも平静を装い、その振る舞いには陽気さえ感じられます。
エレーナは青春時代のほとんどを、病弱な母親の介護についやし、30歳を超えていまだ独身の女性です。彼女は母親が亡くなり、〝丘の屋敷〟の招待に応じることで、はじめて開放感をおぼえていました。屋敷で生活するうちに、そんな彼女の内側で何かが変化していきます。その様子が心理描写を通じて表現されています。
ひとがほんとうに怖れるのは、自分の胸の奥底を覗き見て、そこにあるものに気づかされることなのかもしれません。ヒロインの孤独が痛々しく、とても哀しい物語でした。