- Amazon.co.jp ・本 (152ページ)
- / ISBN・EAN: 9784582762891
作品紹介・あらすじ
1941年、日本軍収容所から脱走した一人の捕虜が漂着したハイアイアイ群島。そこでは鼻で歩く一群の哺乳類=鼻行類が独自の進化を遂げていた-。多くの動物学者に衝撃を与え、世間を騒がせた驚くべき鼻行類の観察記録。
感想・レビュー・書評
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1941年、日本軍の捕虜収容所から脱走したスウェーデン人のエイナール・ペテルスン=シェムトクヴィストが漂着したのがハイアイアイ群島だった。彼がそこで発見した「鼻行類」と呼ばれる動物群は、それまで全く知られていなかった独特の体の構造原理・行動様式・生態の型のために、当時の学会に強烈な衝撃を与えた。本書は、鼻行類の研究者であるハラルト・シュテュンプケ氏が残した、14科189種の観察記録を収録したものである。まず総論として鼻行類の一般的特徴を述べたあと、各属の生態について記述している。
鼻行類の最大の特徴は、その名の通り彼らの「鼻」にある。例えば、ミツオハナアルキ属は、肥大化した鼻によって逆立ちさせた体を支持し、高く立てた尾から出す分泌物に引き寄せられた昆虫を捕まえて食べる。また、ハナススリハナアルキ属は水中に「鼻水」を垂らし、この鼻水の糸にくっついた水生動物を釣り上げて捕食する。鼻行類の中で最も美しいとされるのが、フシギハナモドキである。彼らはその発達した鼻器を花の花弁に擬態させ、そこから発せられるバターミルクの香りに昆虫が誘き寄せられてくると、鼻器を急にバタンと閉めて捕獲してしまう。
彼らの多種多様な「デカい鼻」にはなんとなく可笑しみがあるが、キュートと言うにはその生態は些か個性が強すぎる(正直、実際に動いているところを想像するとちょっと不気味・・・)。僕には生物学の素養がないので細かい専門用語はよく分からなかったのだが、挿絵をパラパラと眺めているだけでとても楽しい。生物に詳しい人は、きっとより深いところまで本書の面白みを読み取れるのだろうと考えると羨ましく思う。
そんな奇妙な鼻行類だが、動物園にも居ないし、図鑑でも見たことがないのは何故だろうと思う人もいるだろう。実は残念ながら彼らは、1957年に某国が秘密裡に行った核実験が地盤に与えた影響により、現地に設置されていた研究所も含めて群島ごと海の底に沈んでしまったのだという。そのため、鼻行類の個体が全滅してしまっただけでなく、本書以外の研究資料も失われてしまったのだ(Wikipediaによれば、わずか数点の剥製は辛うじて現存しているようだ)。
科学ジャーナリストの垂水雄二氏による解説も興味深い。上記の経緯のため、現在の生物学者が入手できる鼻行類に関する資料は本書しかなく、当然のことながらその信憑性が疑われたこともあったという。
"こういう事態に当たって、動物学者がとるべき方法は二つしかない。一つは、自分で標本を調べたり、実地で生態調査をして真偽を確かめることである。(略)しかし、鼻行類の場合、標本は一つも残っていないし、実物は生息環境もろとも消えてしまったとなれば、この方法は使えない。(略)
そうなると、残された方法は一つしかない。すなわち、この記録そのものをひとまず事実としてうけとめ、動物学的にみて正しいか、矛盾があるかどうかをつきとめていくことであり、さらにいえば、この本から学ぶべきことがあるかどうかを問うことである。(p.140)"
実際に、この立場から幾人もの著名な生物学者が論評を加えているという。僕なんかが言うのは非常に烏滸がましいのだが、この事実に、真摯な科学者はこうあるべきということを教えられた気がした。
※本書は、生物学の専門書の体をとったフィクションなので念のため。生物系三大奇書の一つにも数えられているそう(他の2冊は『平行植物』(レオ・レオニ)と『アフター・マン』(ドゥーガル・ディクソン))。本書と似た趣向の『フューチャー・イズ・ワイルド』という、人類消滅後の未来の地球に生きる動物・植物を想像した本を7,8年前に読んだことがあるが、この本の著者もドゥーガル・ディクソン。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
存在しない架空の動物についての学術論文。
全く新しい動物の分類が見つかったという体で書かれているけど、イラストも生態も本格的で、本気で探せばいそうな気がしてくる。
生活環境が似ていることで形態は似ているが全く別の分類になるっていう部分とか、別の研究者と分類学上の争点になっている部分まで書かれていて凄く面白かった。
賢い人が本気で取り組んだ知的な遊びの完成形。
知性と時間をこんなに贅沢な使い方ができることが羨ましくすらある。 -
1941年に発見され1952年に核実験のミスで海底に沈んだ太平洋の群島。そこに生息していた特異な哺乳類の記録。
新種の哺乳類というのも凄いが、鼻で歩き跳ぶもの、耳で飛ぶもの、尻尾に毒針をもつもの、脊椎が退化したもの、音楽を奏でるもの....この類はまるですべての動物の縮図かと思えるほどの多様な族や科に分化している。本書に掲載された以外の資料や標本が全て失われたのは、惜しい限りだ。
生物の多様性への讃歌と、地球を担う人間の責任というものを訴えたメッセージなのか。 -
幼少期に、水木しげるの妖怪図鑑や図解ウルトラ怪獣みたいな本などでワクワクした経験のある人、もしくは、異形の生物が好きな人。そういった条件が当てはまるのであれば、きっと心が躍るはずです。この本を頭から信じきってしまうような大人になってしまうのは少し危険だけれど、ただのでまかせと一蹴してしまうのもちょっと悲しい。いくつになっても、こういう空想する力を大切にしたいな。と思います。この本を小学校高学年くらいの世代に、なんの説明もなしに読ませてみようか。などというちょっとしたイタズラをしてみたくなります。
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ようやく読めた、あこがれの本。日高敏隆さんの訳者あとがきに「理論動物学として抜群のものである」とされています。生物の本を読むといつもおぼえる、この生き物を突き詰める人生を歩むべきだったのか、という感情こそ抱かなかったけど、もしかして僕にも、鼻行類に続く新しい生き物が見つけられるのでは、と、今までにない興奮を覚えています。
いつもだったら、「もうちょっと若かったら、鼻行類の研究者になるね」っていうところだけど、今回は、ね…! -
1941年、日本軍の収容施設から逃亡した一人のスウェーデン人捕虜が南海のハイアイアイ島に偶然漂着する。そこでは、鼻で歩く哺乳類「鼻行類」が独自の進化を遂げていた!
そしてこの本ではその不思議な哺乳類の生態が細かく記されている。ナメクジのような鼻で、泥の上を滑るように移動するもの、鼻汁で釣りをするもの、鼻に関節があって跳ぶもの。細いペンで書かれた学術書らしいイラストも合わせて、かなり詳しく説明がされている。それを読んでいるだけで胸がときめく。
はたしてこの奇想天外な哺乳類は本当にいたのか?途中まで完全に信じて読んでいたけれど、学会的にはフィクションとして笑われることが多いみたい。でも、それでも存在を信じたくなる、鼻行類はそんな魅力的な存在。
学術書然としているのに、あとがきがすごいよ、あとがきの一行目でぶっとぶもん。 -
「つながる読書 ―10代に推したいこの一冊 (ちくまプリマー新書 451)」で紹介されていて、そんな奇書読まない手はないと思って買ってしまった。
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本文の楽しみ方がわからなかった。本自体の存在を楽しむのが正当なのかも。
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すごく面白かった。このような本の存在を今まで知らずにいた事が悔やまれる。とにかくおすすめ。素晴らしい。
後書きにもあるが、是非図版をカラーで見てみたかった。