ブロデックの報告書

  • みすず書房
4.09
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  • Amazon.co.jp ・本 (322ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622074403

作品紹介・あらすじ

終戦直後の寒村で起きた集団殺人。その記録を命じられたのは人外に堕したことと引き換えに収容所を生き延びた「僕」だった…。円熟の小説家、待望の長編。2007年高校生ゴンクール賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 4.1/95
    『『灰色の魂』で読書界を驚かせ、『リンさんの小さな子』で多くの人の心を震わせたクローデルによる、待望の長編小説。
    「僕はブロデック、この件にはまったく関わりがない。僕は何もしなかったし、何が起こったのかを知ったときでも、できればいっさい語らず、自分の記憶に縄をかけ、金網の罠にはまった貂(てん)のようにおとなしくさせるためにきっちり縛り上げておきたかったのだ。」
    戦争が終わって間もない小さな村の住民による「よそ者」の集団殺人。事件を記録するように命じられたのは、強制収容所を生き延びるためにした人間の尊厳を賭けた体験のトラウマから今も逃れられないでいるブロデックであった。
    彼自身と村の人々の傷ついた記憶と現在が巧みに入り交じるこの物語は、人間心理の深部に潜り込み、強い印象を残す挿話を語り継ぎながら、謎めいたラストに向かって力強く突き進んで行く。文学の底力を見せた、2007年高校生ゴンクール賞受賞作。』(「みすず書房」サイトより▽)
    https://www.msz.co.jp/book/detail/07440/

    冒頭
    『僕はブロデック、この件にはまったく関わりがない。
    それをまず言っておかなければならない。すべての人に知っておいてもらわなければならない。
    僕は何もしなかったし、何が起こったのかを知ったときでも、できればいっさい語らず、自分の記憶に縄をかけ、金網の罠にはまった貂のようにおとなしくさせるために
    きっちり縛り上げておきたかったのだ。』


    原書名:『Le Rapport de Brodeck』
    著者:フィリップ・クローデル (Philippe Claudel)
    訳者:高橋 啓
    出版社 ‏: ‎みすず書房
    単行本 ‏: ‎322ページ
    受賞:高校生ゴンクール賞

  • 「僕はブロデック、この件にはまったく関わりがない。僕は何もしなかったし、何が起こったのかを知ったときでも、できればいっさい語らず、自分の記憶に縄をかけ、金網の罠にはまった貂(てん)のようにおとなしくさせるためにきっちり縛り上げておきたかったのだ。」
    戦争が終わって間もない小さな村の住民による「よそ者」の集団殺人。事件を記録するように命じられたのは、強制収容所を生き延びるためにした人間の尊厳を賭けた体験のトラウマから今も逃れられないでいるブロデックであった。
    彼自身と村の人々の傷ついた記憶と現在が巧みに入り交じるこの物語は、人間心理の深部に潜り込み、強い印象を残す挿話を語り継ぎながら、謎めいたラストに向かって力強く突き進んで行く。文学の底力を見せた、2007年高校生ゴンクール賞受賞作。

  • 閉鎖的な小さな村の粗野な人々、戦時下、人が狂気に囚われる様子が淡々と描かれる。
    家族を連れて村を離れるブロデックが振り返ると村は見えない、存在していない。ブロデックがトラウマや恐ろしい記憶から解放されることを暗示しているように思えてホッとする。

  • 戦後の封建的な雰囲気の残る町にあるひとりの男が、驢馬と馬と一緒にやってきた。彼は村のなかを歩き回り、何かを手帖に書きつけたり、風景をスケッチして回った。
    しかし、次第に村人は彼はなんのためにそのようなことをしているのかを疑問に思うようになり、最後は驢馬や馬と同じように彼も惨殺してしまう。
    なぜ、悲惨な事件は起こってしまったのか、村民のブロデックは報告書を書くよう命じられる。
    フィリップ・クローデルは、良質の作品を書く作家である。

  • 『灰色の魂』は、返事を必要としない呟きのような小説だった。その中では全てが鈍色に輝き、語られた言葉は古色を帯びていた。読む側はその距離の遠さを思い、すでに終わった物語に対して、ただ黙って耳を傾けた。

    今作では『灰色の魂』のときには気づかなかった、こちら側を見つめる作者の視線を感じる。この作品には透かし絵のように多くの世界が折り重なっていて、現実、創作、人種、国籍、時代を問わず、無数の世界が、同じ糸によって織り合わされている。糸を伝って血が滴る様子が見える。図柄には、共同体によって無作為に抽出された生贄たちの、戸惑いと絶望の姿が浮かんでいる。

    作者は声高に叫んだりしない。ただ黙って差し出して、何が見えるか聞かせて欲しいと無言でささやく。作中のアンデラーのように。アンデラーが見ていた世界を理解する術は失われ、彼が見た世界の風景を思い描くとき、それは鏡となって想像する側に立ち現れる。あなたには何が見えましたか。しずかな告発と、問いかけの書。

  • 『あれから僕はこの名を記憶がら消し去ろうと努力してきたが、人は自分の記憶に命じることはできない。ときどき少し眠らせることができる程度だ』-『XVI』

    「リンさんの小さな子」「灰色の魂」でもそうだったように、フィリップ・クローデルは未だ語っていないことを知らしめることに少しも頓着せずに物語を始め、紡ぎ続ける。まるでそんな当たり前のことなど語る必要もない、と決めつけているかのように。しかし謎解きのように語られていないことは少しずつ明らかになってゆく。わざと中心からずれた辺りの事実だけが見えるように物語は進み、読む側には重苦しさが積もってくる。それもまた以前の読書と同じようだな、と思う。

    その重苦しさの正体は、「語られていない」ことが、ひょっとしたら「語られるべきではない」ことなのだろうか、という予感に起因するものだろうと思う。そしてフィリップ・クローデルの小説の中では、その予感は大体において的中することになる。

    しかし、よくよくその中身を覗いてみると、重苦しさの中には何か罪悪感に由来するようなものが潜んでいることにも気付く。それはきっと「知るべきではない」ことを「知りたい」と思うことに対する恥の意識、あるいは、恐らくそれが人倫にもとることだと予感しつつ言葉になることを期待している相反する思い、そしてそれを持て余している自分に対する苛立ち、目の前に曝け出されればそのグロテスクな様に思わず目を逸らしてしまうだろうというのに見てみたいと疼く業の深さ、そんなものがドロドロとした感情になって重苦しさを更に持ち上げているのだ。

    しかし一端そのグロテスクな事実らが脳の中にしまい込まれてしまうと、それは後々まで記憶となって、二重の意味で自分を苦しめる。記憶された事実によって引き起こされる直接的な身震いする恐怖、と、その記憶を引き寄せてしまったのが結局は自分自身であるという事実による責苦、によって。

    そんなことを考えていたら、フィリップ・クローデルのこの本と他の二冊には共通して、少し精神を病んだ人の多幸感が描かれていることに思い至る。他人からはどう見えようとも、自分自身の精神世界の中に生きる者にとってそれは大きな問題ではない。その幸せそうな生き方に、思わず引き込まれそうにもなる。しかしその誘惑をどう受け止めるべきなのか、何故そう思ってしまうのか、思ってしまうのは正しいことなのか、そんなことが自分の中でたちまちに疑問となって頭をもたげてくる。

    それでは余りに世界に対して閉じてしまっているのではないか、と思いながらも、現実が耐え切れぬほどに過酷な時に、現実を理性的に受けとめてやれる筈もない、とも思う。そんな風に半ば放り出したようなことを言葉にしてみると、ただちにそれは手元に切っ先を向けて返ってくる。さて、今の自分にとっての現実はどうなのか? 自分の精神は病んで引き籠りそうになっていないだろうか?

    フィリップ・クローデルを読むと、少し世界が自分から遠のいてゆくような錯覚に陥ってしまうのだ。

    Gatekeeper you held your breath / Made the summer go on and on

    Feistの声がどこか頭の片隅で、鳴る。

  • 所有

  • 人生とはいかにも奇妙なものだ。ひとたびそこに身を躍らせてしまえば、自分のしていることをしょっちゅう自問するはめになる。まるで掴めないものを掴もうとしているかのようだ。しかもそれをやめられない。
    私が何をしているのか、そこにはどんな意味があるのか?死ぬときにはそれがわかるんだろうか?その時私は何を思うのだろう?もっと生きていたい?何もかもに満足している?

    マルク・ペレス 画家

    どんなことがあっても、もう立ち上がる力すらないと感じても、人は何度でもやり直せる。

  • ●静かな物語だった。想像する風景や人物は全て灰色のもやがかかってみえた。
    ●読む度に違う思いを抱きそうな物語。時間をかけてゆっくりと読みたい。


    P20
    <<衛兵たちは僕のことをブロデックではなく犬のブロデックと呼んだ。そしてさらにいっそう高らかに笑うのだった。犬になることを拒否した僕の仲間の大半は飢えるか、彼らの繰り返す殴打によって死んだ。
    ・・・
    衛兵たちと同じように、彼らも、僕はもう人間じゃないと繰り返す繰り返すのだった。彼らは死んだ。みんな死んだ。僕は生きている。ひょっとすると彼らには生き延びる理由などまるでなかったのだろうか?
    胸の奥に、故郷の村に、愛する人がいなかったのだろうか?たぶんそうだ、彼らには生きる理由がまるでなかったのだ。>>

    P221〜P222
    <<恐怖が人をどんなふうに変えてしまうか、僕は知っている。
    ・・・
    収容所は僕にこういうパラドックスを教えてくれた。人間は偉大だが、僕らは自分自身の高さに追いつけないのだ、と。
    ・・・
    と、いうのも恐怖が誰かの喉もろに食らいつくからこそ、僕は死刑執行人に売り渡されたのだし、そしてこの死刑執行人だってもとは僕と同じような人間だったわけで、その彼らを怪物と化し、彼らの内部にも、僕らの内部にもある悪の胚種を育て上げたようなものもやはり恐怖心なのだから。>>

    P230
    「ブロデック、僕は生涯かけて一人の人間たらんとしてきたが、ついにそれを果たすことはできなかった。僕がほしいのは神の赦しではない。君の赦しだ。」

    ●犬になって生き延びたたブロデック。死んでいった生きる理由のない『彼ら』。赦しを請うディオデム、自らの罪に耐えられなかったケルマール、恐怖によって人間じゃなくなった死刑執行人。
     いったい誰が人間なのか。何が人間なのだろうか。

    P261〜P262
    <<ああ、かわいいプップシェット……口さがない者には、卑しい子供、けがれた子供、憎しみと恐怖から生まれた子供と言われるだろう。
    ・・・
    僕のプップシェットよ。おまえは僕の全人生なのだと言おう。>>


    ☆きっかけは本読みHP


    読了日:2010/07/02

  • (2010/05/09購入)(2010/08/08読了)

    10/5/8
    今日のBS週刊ブックレビューで紹介された

    出口のない森を彷徨うかのような読感、そして最後に物語は彼岸の彼方へと消え去る。共同体が危機に瀕した時に生まれる犠牲と、出来事を記憶・記録し語り継ぐことの虚しさ。

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著者プロフィール

1962年フランスのロレーヌ地方に生まれた作家。1999年、小説『忘却のムーズ川』でデビュー、ナンシー大学で文学と文化人類学を教えながら作品を発表してきた。2003年『灰色の魂』(以下の二作ともにみすず書房)により三つの賞を受賞して注目を浴びる。『リンさんの小さな子』は大きな話題となり、『ブロデックの報告書』は「高校生ゴンクール賞2007」を受賞している。トライアスロン、登山、釣りを好む。

「2020年 『結ばれたロープ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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