- Amazon.co.jp ・本 (382ページ)
- / ISBN・EAN: 9784758414302
作品紹介・あらすじ
安倍益材の息子、葛丸(後の晴明)は、幼き頃から人の死を『先見』してしまう力を持っていた。
災いが降り掛からぬように、屋敷から出ずに育てられてきた葛丸。
彼が七歳になった時、陰陽師の修業を目前に控える少年・津久毛と、先帝の孫である鶴君だった。
ともに人に馴染めぬがゆえに親しくなる三人。しかし葛丸の先見のせいで、宮中での毒殺の疑いが益材にかかる。
その疑惑を晴らすべく、葛丸は平安の都に潜む数々の謎へと挑み始める――。
著者渾身の平安時代ミステリーの登場!
感想・レビュー・書評
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平安朝きっての陰陽師として名高い安倍晴明の、謎に包まれた幼年時代から元服までの紆余曲折を描く。
オカルトは少なめで、子供時代の源博雅や賀茂保憲とともに事件の謎を解くミステリー仕立てになっている。本編5章とエピローグとしての終章からなる。
◇
大内裏大膳職で大膳大夫を務める安倍益材の子である葛丸は7歳を迎えた。
実は葛丸は、それまで屋敷の中から出ることなく育てられてきた。身体が虚弱なこともあるが、時折り人の死を先見したような反応を見せる葛丸が世間の噂に上ることを、父の益材が恐れたからである。
しかし、師について学問を始める年齢になったことで、葛丸の運命の歯車が回りだす。
ある日、津久毛と名乗る11歳の少年が葛丸を訪ねてくる。津久毛の父は陰陽寮に仕える賀茂忠行で、忠行こそ葛丸の師となる人物だった。
2人は妙にウマが合い、葛丸にとって津久毛は初めての友人になった。
またある日、葛丸と津久毛がいつものように賀茂御祖神社で遊んでいるところに、供を連れた身分の高そうな少年がやってきた。
鶴君と呼ばれるその少年は克明親王の皇子であり醍醐天皇の孫に当たる。身分違いではあるが、鶴君が葛丸たちを気に入ったこともあり、3人はそのまま遊びだした。
葛丸にとって2人めの友である。
やがて夕刻になり、鶴君を連れ帰ろうと近づいてきた家司を見た葛丸が思わず呟いた「人が死ぬ」ということばは、後に波紋を広げる。
その夜、鶴君の父であり、今上天皇第1皇子である克明親王が急死した。病の床にあった克明親王に薬湯を献じた安倍益材に毒殺の疑いがかけられたのは、葛丸の不吉な呟きを鶴君の家司が聞いていたからだった。
親王の母でもある中宮の怒りは凄まじかった。益材とともに葛丸までも中宮の前に引き据えられ、尋問を受けることになったのだが……。( 第1章「先見の童−葛丸−」)
* * * * *
安倍晴明と言えば、夢枕獏さんの『陰陽師』のイメージが強い。そう。あの、常にクールで取り澄ましており、雅な雰囲気を崩さないけれど傍若無人で人をくったところもあるという、なんとも魅力的な晴明です。
だから、これまでも他の作家さんの晴明ものは受け付けづらいところがあったのだけれど、本作を読んで、こんな晴明もありかも知れないと思ってしまいました。
確かに本作の晴明は、いかに幼少期のこととは言え不器用だし、素直でまっすぐではありますが人のあしらいもうまくありません。むしろ鶴君のほうが器用で懐が深く頭の回転も速い。
夢枕版の晴明と博雅をちょうど逆にしたようで、「三つ子の魂百まで」が当てはまりません。
けれど森谷さんは、史実や晴明についてのエピソードをうまくストーリーに取り入れることで、この晴明に息吹を与え得たと思います。だから無理なく作品に入っていくことができました。
本作のいいところはもう1つあります。オカルティックなシーンを極力抑えて、ミステリーとして構成したところです。
しかも、事件の謎を解くのが「平安朝少年探偵団」です。これは微笑ましい。
また、リーダー格が博雅(鶴君)であり、晴明(葛丸)はみそっかすなのもよかった。欲を言えば保憲(津久毛)にもう少し異能を与えてやって欲しかったとは思いますが、それなりに活躍していたのでよしとしましょう。
その他の登場人物もなかなか魅力的でした。
いちばんは藤原師輔でしょう。後に村上天皇の右大臣として天暦の治を支えた名臣ですが、結構したたかで好色な青年として描かれていました。
また、好奇心旺盛で、少年探偵団を絶妙にバックアップするという重要な役回りでもありました。
余談ですが師輔は、勤子内親王やその妹の雅子内親王を妻にした他、本作のヒロイン役である康子内親王までも妻にした人物です。
その3人の内親王と師輔との馴れ初めも作品に彩りを与えていておもしろかったです。
さらに師輔の供侍として側仕えする小次郎が後の平将門であったり、宮仕えを辞して尼となってからの伊勢の御が事件に関わったりと、歴史好きにはサービス満点に映る歴史ミステリーでした。
ただ第5章「広沢の池」のラストで、都を捨てた小次郎を追って葛丸に東下りさせたり、そのまま葛丸を東国に留まらせ将門の乱に立ち会わせたりするのは、やり過ぎではないでしょうか。
また都に帰還した葛丸が描かれる終章の「晴明変生」。葛丸は元服の年齢を越しているにも関わらず、幼少期と変わらぬ物ごしであり、変生したとは言い難いのではないでしょうか。
この葛丸では後の晴明伝説には繋がらない気がするので、きちんと変生させて欲しかったと思います。
全体的にはおもしろかったのですが、終盤の物足りなさが残念でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
最終章が良い一冊。
安倍晴明の少年期を描いた平安時代連作ミステリ。
この時代のミステリは好き。
しかも安倍晴明にスポットをあてられると否応なしに惹かれる。
彼の"先見"のチカラはどこか幻想的。
そしてちょっと異質に見られがちな陰陽師の息子、津久毛と天皇の孫という立場の鶴丸との、友としての時を過ごすさまが微笑ましかった。
ちょっとした不可解な出来事をそれぞれの持ち前の特異体質を活かして"三人寄れば文殊の知恵"的な解決も楽しめた。
そして何より最終章の描き方が良い。
こうまとめてくるとは。
ストンと腑に落ちる清々しい読後感。 -
作者の描く女性はいつも魅力的だ。特に平安朝を舞台にしたときはその魅力に圧倒されるように感じる。この度も主人公の3人の少年たち以上に、3人に関わる女性、御息所・内親王・女官たちのなんと躍動的で魅力的であることか。葛野盛衰記の時の、宿命を背負ったような影ある女性とは一味違った、どのような境涯も積極的に受け入れつつ、しかし自己を失わず存在の主張がある女性たち。実に面白い。
晴明と言えば夢枕獏の大シリーズがあり、どうしてもその影に引きずられながら読んでしまうところもあるのだが、この少年たちなら、あの物語につながっていくようにも、また、全く別の物語を紡いでいくようにも読める。読者の想像力を果てしなく刺激する少年たちであった。
あの時代の坂東生まれの小次郎と言えば……と思っていたら、なるほどという展開であった。晴明の坂東での物語も期待したいところではあるが、きっと、その雰囲気は葛野盛衰記に似たものになるのだろうと想像した。小次郎の変容をそばで特異な目で見続けるのは楽しいことではないだろうと思ってしまう。
少年たちの楽しい冒険と謎解きの時間は恐らく長くは続かない。それぞれの立場から平安朝の闇と向かい合わねばならない、その序章が本作の最終章なのだろうと思う。
星五つの面白さのあまり、感想はまとまりの欠くものとなってしまった。あの少年たちの活躍を描いてくれた作者に感謝である。 -
「見る」葛丸(安倍晴明)、「聞く」鶴君(源博雅)、聡い津久毛(賀茂保憲)の幼い三人が、平安の都で起きる不可思議な謎にかかわっていくというのが大筋。藤原師輔をはじめ、あんな人やこんな人が次々に登場してくるのが楽しく、最後には「おお、そう言えば!」ともなったが、全体の印象としては、可もなく不可もなくといったところ。これまでたくさんの作品で語られてきた安倍晴明をメインにしてしまうと新鮮味を出すのは難しいと思うので、やむを得ないとも言えるが、欲しい「濃さ」がなかったのが少々残念。
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幼き日の安倍晴明たちのミステリー。
後の賀茂保憲や源博雅が一緒に活躍する。夢枕獏さんの陰陽師シリーズの彼らのイメージが強く最初は戸惑ったが徐々に引き込まれる。小次郎(平将門)がいいなと思っていたのにそういう結末かと少し哀しい。
朱雀門の鬼の正体は鬼であった方が好みです。 -
平安の都を舞台とする、不思議な少年・葛丸と仲間たちの活躍と成長を描いた、王朝連作ミステリ小説。
著者のデビュー作となった、紫式部を探偵役とするシリーズ以来、久方ぶりの平安物だが、寧ろ、『葛野盛衰記』(2009年,講談社)の世界線(多治比一族)を連想させる設定が目立つ。
また、先行作品も殊更に多い題材を、如何に料理してみせるかが見どころの一つだが、実に著者らしい捻りを加えて、史実と虚構を共存させている。
超常現象を共感覚(シネスシージア)と捉えることで、安倍晴明という、際立って異能を持つ人物が、なぜ青年期になるまで歴史の表舞台に出てこなかったか――に対し、一つの回答を与えている。
そうして、安倍晴明、賀茂保憲、源博雅、藤原師輔、康子内親王、糺御息所ら、歴史上の人物の魅力的な造形や、彼らの能力によって、都の怪事は静かに暴かれ、鎮められてゆく。
収束の根っこにある、葛丸と『彼』との関係性には驚かされるが、時期的符号と悲劇性も相俟って、切ない読後感を与えてくれる。 -
普通の人には見えないものを目にし、人の死を先見してしまうという噂のせいで世間から隔絶されて育てられた少年・葛丸。陰陽師の弟子である津久毛と先帝の孫である鶴君という友人ができるものの、不穏な噂に振り回され事件に巻き込まれてしまうことに。平安時代を舞台にした連作ミステリです。
この葛丸、実はのちの安倍晴明なのですねえ。と思えば普通の人に見えないものが見えても不思議ではない……と思ってしまいますが。なるほど、彼が見ていたのは○○だったのか! そして同様に人とは違うものを見てしまう彼の友人とともに謎を解き明かしていく様にはわくわくさせられます。もちろんそれなりに物騒な事件で、その陰にも不穏なものが潜んでいたりもするのですが。登場人物たちが魅力的で、特に少年たちの友情が微笑ましく、どこかしらあたたかい読み心地でもありました。終章は少し切なくもあったけれど(まさかあの人があの人だなんて!)、光に向かうラストが素敵です。
お気に入りは「吾亦紅」。この動機は、この時代背景ならではのものですね。見事。 -
晴明の幼少期、短編で晴明が活躍するのではなく、周りの人らもそれぞれ問題を解決していく話。晴明の幼少期各地を放浪していたのと将門についていたという説。