藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せになれないのでしょうか?
- 学芸出版社 (2012年7月7日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
- / ISBN・EAN: 9784761513092
作品紹介・あらすじ
経済成長と生活の豊かさを問い直す。『デフレの正体』著者と、気鋭のコミュニティデザイナーによる珠玉の対談。
感想・レビュー・書評
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集合財として、まちを捉えた場合、まちが地域の人々に与える機能は何だろうか?そのまちに住むことで、幸福をどう感じるのだろうか。
良く使われる言葉「地域活性化」は=経済成長(経済効果)である、という既成概念は、多くの方が持っている。
そもそも論として「地域活性化」とは何ぞや?
その定義は曖昧で、学者も含め、自分の展開するロジックの中で、都度定義付けされ使われているのが現状である。
という難しい話はおいといて、経済成長無しでも私たちは幸せなんだという考え方を示している本。
根底には、まちが持っているストックがあるから、成り立っているのだが…詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
タイトルの件はまさに誰もが疑問に思うところ。
まして建築なんかやっていたら、やれ都市間競争だ、再開発だ、とそういうものばかりに晒され、「ホントにそれ正しいの?」と思いつつ、「仕事だから仕方ないじゃん・・・。」と。まあそういう忸怩たる思いはあるわけです。
この本を読んでいて思ったのは、結局のところ地域ごとにいろいろな目標や考え方があっていいのだということ。
グローバルな競争に乗る(経済成長をめざす)のは、東京、大阪の2都市くらいでいいわけで、日本全体がそれをめざす必要は全くない。
その他大勢は、金儲けではなく、多様な儲けでみんながハッピーに暮らせるようになればいい。
多様な儲けとは、美味いものを食べ、いい温泉に浸かり、いろいろな人と触れ合う。金をたくさん稼ぐよりその方が幸せを感じる人はそうすればいいし、とにかく儲けたい奴は儲ければいい。
人も都市も自分でライフスタイルを選択しなければならない時代が来たということだ。
そんな中でどうするんだ、私。と廻りまわって結局は自己の問題に帰結するのである。 -
なんとなく、わかったようなわからないような結論の本。もちろん、藻谷さんは、経済成長がなくたって幸せになるといったような感じで話している。
自分だったらこう説明する。
経済成長の前提のGNPというのは、技術的な微妙な差を無視すれば、国民のその年の所得合計額。
この所得合計額というのが、日本は生産年齢人口が減少するというマイナス要因、イノベーションが起こりにくくなっていることなど、かなり深刻な理由で伸びなくなっている。これを無視してのばそうとしてもかなり難しい。
その中で、所得を維持し、もしかしたらマクロでは微減する中で、これまで先輩、自分たちがつちかったストックを活かして、幸せを感じることはできるはず。
ただ、その前提としても、ある程度の所得は維持されなければいけないから、個々のビジネスはきちんと税金にたよらず(税金というのは結局たこ足食いだから)、自分の付加価値をつけてもうけていくことが大事。
わかった?
こんな感じの説明だな。ちなみに、藻谷さんの説明の仕方は、東大、慶応、一橋(このあたりが経済学の本流)の経済学の説明の仕方とかかなり異なることに注意した方がいい。それ自体、現場経済学として十分おもしろいが。 -
鹿児島のお話がたくさん出ていて驚きました。
絶妙な、鹿児島における人と経済のバランス。
数字の見方。ストックとフローのお話。
出版から10年近く経っていますが、今まで考えたこともなかった視点が提示されていて、とても興味深かったです。 -
このお二人の対談面白いです。地域資源のフローとストック、確かになと。村民の所得は少ないけど、豊かに暮らしている人達はいるし、逆もあるな。
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【由来】
・図書館の新書アラートで山崎亮のことを知り、どんな人かamazonで調べたらこれが関連本で出てきた
【期待したもの】
・藻谷浩介でもあるので原先生との話のネタにもなりそう
【要約】
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【ノート】
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【目次】
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2012年7月7日に出た。
このタイミングは、いま思うとなかなか意味深長かも。
2011年3月11日の東日本大震災と
2013年8月の『里山資本主義』の間にあたる。
藻谷浩介が、『デフレの正体』(2010年)を出して
ベストセラーとなった。
独特の人口論で、なぜ消費が延びないかを謎解いた。
なんのことはない、消費したくとも若い働き盛りの世代に余裕がないからで、その機会を奪い取っているのが団塊世代という仕組み。
そして震災。
ここから考え方が大きく変わった。
お金で買えないものへの価値。
普通に家に帰って、普通に家族と語らってという暮らしの尊さに気付いた。
山崎亮が『コミュニティーデザインの時代』を出したのが2012年9月。
つまり、この本で、藻谷と対談、というより、藻谷から経済成長でない幸福のあり方を、経済という観点から問いただした。
どうも、藻谷はこの段階で『里山資本主義』の出版が視野に入っていたのではないかと思える。
安保法制が成立し、若いひとたちから始まった平和を求めるうねりが生じた2015年。
地方創生のかけ声が生じたこの年から、もう一度、
震災で変わった価値観をどう描くかを真剣に考えた2012年という時代の2人の問いかけから掬い上げることのなんと多いことかと感じた。
藻谷が概論的に経済学的観点からの幸福論をもう少し精細にした本が読んでみたいところ。
とくに「限界効用の逓減」あたりについて、より詳細な論考を望みたい。 -
さらっと読めて、正直あまり印象に残ってはいない。インタラクションから色々な取り組みや概念の有機的なつながりが読み取れるのは良いし、この業界の鳥瞰はある程度できるようになる気がするが、あくまで取っ掛かりのための入門書という印象。
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コミュニティーデザイナーの山崎亮氏と日本総研の藻谷浩介氏による対談から生まれた本書。
経済成長というのは一つの指標であり、それに比例して幸せになるとは限らない。
4章のタイトルにある通り、まさに「幸せは計るものではなく、実感するもの」ということだろう。
ただ、ブータンのように国民の幸福度が高いといわれている国は、発展途上であるからこそなのかもしれない。
つまり、高度成長期を経てモノの溢れる時代を経験する前の日本人は、今のブータンの人々と同じような感覚だったのかもしれない。
ブータンと日本の違いは、モノの豊かな時代を経験し、物欲というものを実際に体感しているかどうかだ。
「物欲まみれ」というステージをきちんと通り過ぎた後で、初めて次のステージに行けるのではないかという藻谷氏の意見はまさにその通りで、今私たちはその岐路に立っているのだろうと思う。
幸福とは人それぞれ違うから、正しいも間違いもないのだけれど、経済的な面より、精神的な面で豊かになりたいなと思う。
そして、色々な選択肢が増えればより幸福に近づけると思う。
また、各地に素敵に生活している人がたくさんいることを知って元気が出た。
どんな世の中でも逞しく生きていく力を身につけたい。