脱出記: シベリアからインドまで歩いた男たち (ヴィレッジブックス N ラ 1-1)
- フリュー (2007年11月20日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (449ページ)
- / ISBN・EAN: 9784863329249
作品紹介・あらすじ
こんな極寒の地でこのまま朽ち果てたくない-第二次世界大戦のさなか、ポーランド陸軍騎兵隊中尉だったラウイッツは無実にも関わらずソ連当局にスパイ容疑で逮捕された。苛烈な尋問と拷問の末、下された判決は25年間の強制労働。そしてシベリアの強制収容所へと送られた。意を決した彼は6人の仲間と収容所からの脱走を計画し、見事成功する。なんとかシベリアの原野を抜け、徒歩で一路南へと移動を始めた彼らだったが、その前途には想像を絶する試練が待ち受けていた!極限状況を生き抜いた男たちの、壮絶なるノンフィクション。
感想・レビュー・書評
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枕元にはいつも人形が四体座り込んでいる。
リラックマとがまくん&かえるくん、そして、イエティ。
ずいぶん前からいるのでさして気にも留めていなかったのに、昨晩、床に入って本書後半部に取り掛かるまえに俄かにイエティが気にかかった。白い体毛に覆われ、三頭身ほどにデフォルメされた青顔の巨人。どこを見ているとも掴みがたい彼の目をしばし憑かれたように注視したのち、栞を開いた。読み進めると自ずと分かるが、ラウイッツの「逃走」の途上にはイエティ二人組が登場する。未確認生物として人心を惹きつけてやまない巨人が、とくに何もしてこないことでむしろ奇妙にリアリティを帯びて、物語に屹立している。ふと枕元の人形を見やると、それが口元に浮かべている謎めいた表情に神秘を感じ、しばし私の鼓動が速まった。
このように本書『脱出記』はイエティの描写を含んだことでトンデモなフィクションと見做される向きもあるようだが、伝説を調査しにきた英国記者ダウニングによってラウイッツの壮絶な体験の全体像が引き出され、広く世に伝えられたことを考えれば、そう論難するには当たらない気がする。
脱獄から幾多の困難を経て、インドに辿り着くまでのどのシーンについてもラウイッツの記憶が鮮明かつ詳細なのには舌を巻いた。脱走経路、交わした会話、食べたもの、手にしたもの、寄った宿や出会った人の様子、天候、病変、身振り、ジョーク。
「逃走」の記録というには描写があまりにも豊饒だ。どことなく懐かしさを覚えながらしばらく読み進めたのち、そうかゴールデンカムイ、と閃いた。闇鍋を謳ったあの大長編マンガに匹敵する満足感が終始みなぎっていた。どの場面も脱獄者たちの存亡にとって切実なものだから、発せられるジョークもそこここにある発見も、単体で独立してはいない。人格や感覚が危険なほど研ぎ澄まされていた彼らの五感には、周囲の膨大な情報量がそのまま雪崩れ込み、貪欲に消化され、記憶されたのだろう。人類学のフィールドノートとして捉えても傑出している。
ページを読み進めながら、無意識のうちに教訓を引き出そうとしている自分に気づく。が、読後のいま本書の記述を振り返っても、そう容易く単純化して明晰な言語に落とし込むことを容認してもらえないように思われる。シベリアからインドへ。その道行きに呆気に取られ、唖然とすることだけが、唯一開けた道なのかも。
それでも、諸言語や身体言語、幾世代も受け継がれてきた知恵や技法を知っておくと、のちのち身を助けるとは言えそうである。「無駄なことでも触れよう」と一段下げて扱うのではなく、敬意を込めて謙虚に。
本書は、偶然ブクログで見かけてからずっと読みたかったが果たせずにいた。
「脱出記」よりも副題の「シベリアからインドまで歩いた男たち」に目を奪われ、トンデモなコメディ要素を嗅ぎ取って楽しみにしていた。「いやー、ビッグな男になりたくてシベリアからちょっくらインドまで歩くことにしたんだ!」みたいな、トーマス・トウェイツっぽい砕けた筆致なのかと考えていたから、筆者ラウイッツの祖国ポーランドの経た受難を厳粛に語る「はじめに」を読みはじめて数分、大いに裏切られて仰天した。感情のギャップはすぐには埋まらなかったが、目次に続くページ見開きに大写しされたユーラシア大陸地図と、脱獄者の辿った道筋のスケールとにたいする驚嘆を原動力に読了できた。
本書の残した巨大な感慨は、黙して語らぬイエティのごとく、私の胸中に永く屹立することだろう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
いやあ、凄いものを読んでしまった。
電車で読み始めて、喫茶店、居酒屋とハシゴして今、家で読み終わった。
6500キロを徒歩で歩く、しかも飲まず食わずに極寒のシベリア、灼熱の砂漠を超えて、世界の尾根のヒマラヤを徒手空拳で超えていく
まったくすごいやつらだ
当初の逃避行から、南へ、自由へという目的への為にただ歩き続けるその旅路にひたすら畏敬の念を感じる。
人は簡単に死んでしまうが、また力強いものだと改めて感じてしまいました。
やっぱり、本当の体験には敵わない
クリスチーナが亡くなるところでは涙が溢れました。 -
著者の実体験に基づく、という触れ込みだが、BBCによる検証の通り、ほぼフィクションなのだろうと思う。ただ、前半三分の一を占める、ソ連による捕縛・尋問・収容所に関する話は脱出の部分とは異なり、細部に渡る描写が実体験らしさを出している。映画化されたものはこの部分がバッサリなくなっているので、物足りない。とはいえ、フィクションであろうがなかろうが、ロードノベルとしては読む価値があった。
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もう尋常ではない厳しい旅だったのかとは思うんだけど、ちょっとやりすぎ感というか、マジで?ってなってくる面もある。でも深く考えずに楽しむ手もある。
まずシベリアからゴビ砂漠、そしてヒマラヤ越え。もう何がなんだか分からないよ。ヒマラヤとか、フル装備でも凍傷で腕を失ったとか、そんな話を読んだこともあるけど、ほぼ道具無し、食料もほとんどなく、ページ数もほとんど割かれず、そしてイエティにまで遭遇して、グイグイ突き進む。
とまぁ何だか疑ってる感が出てしまった。
でも蛇を狩ったり、何しろ羊やらなんやら飯を食うことは何より大事っちゅうことは分かった。その生活感あふれる勢い故に、やっぱマジなんかなーって感じやね。
と、この飽食の時代に生きる日本人が言ってみる。 -
書かれていることが、どこまでが真実でどこまでがフィクションなのか分からない。あまりに信じ難いような苦難を乗り越えているからで有る。でもそんなことは大した問題では無い。