国家と神とマルクス―「自由主義的保守主義者」かく語りき

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著者 : 佐藤優
  • 太陽企画出版 (2007年4月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784884664350

国家と神とマルクス―「自由主義的保守主義者」かく語りきの感想・レビュー・書評

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  • 図書館の新着棚にあったので借りてみた。
    難しい,眠くなる,本。

  • 「絶対的なものは存在する。それも複数」という言葉には大いに共感するところで、日本という国がそのあたりをかなり曖昧にしながら、ぼんやりやってきこともなんとなくわかる。このところの排外主義の台頭は、市民マインドが欧化したことの暗黒面なのか……?

    後半の白井聡との対談もおもしろい。このころ白井氏は20代?「永続敗戦論」が書かれるまでには、ここから迂遠な道のりがあったのだろうなぁ……と推察。賢人との対話は視野を広げるきっかけになっただろう。

  • オウムの弁護士をしていた安田弁護士逮捕に関する記載を読みたくて図書館から借りた。内容的にまとまりはないが、佐藤優の世界観・読書暦について書かれた良い本だと思う。
    個人的には以下の4点が収穫であった。
    ①安田弁護士の裁判は日本国家がとの程度弱って
     いるかを示す指標である。(P82)
    ②法の背後には(a)ユダヤ・キリスト教的一神教
    (b)ギリシャ古典哲学 (c)ローマ法体系
     これら3つを含めてキリスト教共同体の文化総合
     (corpus christiamum)があり、
     別の言い方をすればキリスト教共同体の世俗化の中
     で、法治主義がでてくる。だからキリスト教共同体の
     文化総合を持たない地域で人々が法治主義に違和感を
     もつのは当然のこと。重要なことは、ただ単に西欧が
     軍事的・経済的に強いということ。それだから
     法治主義が国際基準になる。(中略)法治主義はその
     程度の歴史的・文化的にもいい加減なものだから日本
     の土壌に馴染むはずがない。(P195)
    ③大川周明の『米英東亜侵略史』を読み、日本の歴史を
     日本人の手に取り戻すべき。(P131)
    ④そして大川周明の評価する北畠親房の『神皇正統記』
     は今の日本の閉塞した状況を打破することができる。
     (ちなみに戦前の憲法学者の蓑田 胸喜は『神皇正統記』
     をとんでもない本と評していたらしい)(P138)

  • 読書には他人の頭で考えるという面がある。自分の頭で考え、自分の言葉で表現する。
    アメリカの次にイスラエルを承認したのはソ連。ソ連国内のユア野人はシオニズムと社会主値は似たようなものだからイスラエルに出国することをソ連当局が黙認すると受け止めたのではないか。ソ連社会の学術、経済エリートの優れた部分を構成するユダヤ人が流出してしまうことをソ連共産超の官僚は恐れたのではないだろうか。

  • 安くて買ったが難しくてわからんかった。わからないのは俺の責任だが、難しいくせに書き散らしたものをまとめただけなのはよろしくない。巻末で理由つけてたけど。

  • む、むずかしい!

    噂の佐藤勝氏、とにかく知識量が半端ないです。
    マルクスを読んでるのが前提に議論が進められるため、
    当然の如くボクのようなエセ政治学士は…

    「予測可能な未来」
    において、国家に何が起こりうるか。
    難解だけど、とにかく示唆に富んでる。

    エッセイの寄せ集めなので、
    本としてのまとまりはイマイチかな…。

    一ヶ月以内にマルクスの「資本論」に挑戦します。
    マジで。

  • 起訴休職外務事務官。
    国策捜査(本人談)によって512日間投獄され、その間に読了した書物は200冊以上。
    読書家で勉強家であることは疑いようがない。

  • 佐藤優の対談がメインで書かれている
    読書暦などが書いてあり、勉強の参考にもなる
    国家のおかしなシステムについてもわかる
    官僚は国のために働くほど国民の生活が圧迫される、という不可思議なことが発生する
    マルクス、神、国家、一見すべてばらばらの存在だがすべてがつながる
    とても面白い本

  • 大上段に構え気味のタイトルからは政治-宗教-経済という三軸を著者独特の視座から統合的に理論付けようとする意欲的な試みの書かと期待して購入。佐藤氏はこの三軸について語るに値する独自の視点と経験を持っていると思っているからです。

    ということでしたが、内容は若干期待はずれで、過去の雑誌掲載論文やインタビューを集めたものです。佐藤氏の知識の広がりが見えて、それなりにおもしろいのですが。
    自分としては、

    [国家] - インテリジェンス/マス政治
    [神] - 神学/世俗宗教
    [マルクス] - 経済哲学/政治哲学

    という対立項でもって、絶対的なものとしての左項と相対的なものとしての右項を対比させた上で、左項に沿って政治-宗教-経済の議論を展開していくみたいなものを勝手に想像していました。まったくもって勝手ですが。

    本の中で、講演活動に比べると著作活動は経済的には効率的ではないが、今後も講演ではなく著作活動を軸に置いていきたいということでしたので、今後も期待しています。最後のあとがきでは佐藤氏は次のように書いています。

    「現時点においても、日本国家、キリスト教、マルクスの言説は私にとって絶対的なものとして並存している。この三つの絶対的なものをつなぐ、何らかのメタ論理が私の中に潜んでいるはずなのであるが、現時点の私にはまだそれを言葉で表現する力はないのである。」

    "力はない"と書くということは、書くことを意識をしていつか書くための準備をしているということでしょうから、期待しましょう。本の中で予告されている柄谷行人氏との対談もきっと単行本化されると思いますので楽しみです。

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    国策捜査・冤罪事件に関して、安田好弘弁護士(麻原彰晃)について書かれた章の中で、安田弁護士の"やさしさ"を示すものとして死刑に立ち会う看守との会話のエピソードが挙げられていますが、そのエピソードが紹介されていると書かれた氏の近著のあとがきを書いた人物として、高校生の同級生の名前がフルネームで書かれていました。驚き。なお安田弁護士のこのエピソードは彼の著作の中でも言及されています(『はじまりはいつも本』米田綱路)

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    確かに著作は講演に比べて割りに合わないと思います...

  • 国家と神(著者の場合はキリスト教としての神)とマルクス主義について書かれている。
    まず、著者の国家論について書かれている。基本的に国家を必要悪ととらえている。資本主義社会の中でその利害を調整する機関として、暴力機能を備えた存在として、基本的には危険なものであるとの認識に立つ。
    そうした視点で、著者が経験した国策捜査についても書かれている。国策捜査は、現在の日本の国家としての弱体化を意味するという。それは、「時代のけじめ」をつけるための国策捜査が、具体的に一個人ではない何かの存在の命を受け行われる。それが、犯罪をでっち上げている。著者はそれは国家の弱体化ととらえている。

    神については、クリスチャンとしての考え方が記されている。印象的なのは「絶対的なものは複数ある」だ。キリスト教では一神教で、絶対的なものはただ一つという考え方となる。しかし、インテリジェンスに携わるものとして、各国における絶対的なものを感じとり、各個に真理があると認めるというものだ。

    マルクス主義については難しい。まず、著者はマルクス主義者ではない。しかし、資本主義を理解する手段としてその意義を評価している。特に宇野弘蔵の言説が相当の影響を与えているようだ。しかし、私の勉強不足により、よく理解できない。マルクス経済学の基礎がないからだ。理解するには、マルクス経済学を勉強した上で、本書を再読しなければならない。

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