山の道

著者 :
  • 八坂書房
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感想 : 4
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  • Amazon.co.jp ・本 (203ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784896948820

作品紹介・あらすじ

落人、木地屋、マタギ、ボッカなど、山間秘境を放浪し生活を営んだ民の暮しぶり、また往来に欠かせぬ間道、峠道の果した役割など。山の中にどのような人生があったのか。

感想・レビュー・書評

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  • 図書室

  • 日本は道路が舗装されたのが遅く(東海道が全面的に舗装されたのが昭和40年代と聞いた記憶が)、道とは基本徒歩で行く前提のインフラであったのです。江戸時代は関所があり、地域に閉じ込められてばかりのイメージですが、実は間道や抜け道が沢山あり、庶民は活発に往来していた、という説もあり。
    教科書では習わない歴史ですね。
    昔の山道は谷沿いでは無く、アップダウンを減らすために屋根伝いにつけられていたとか。縦走が山道の標準形だったのですね。
    以下に戦後から社会が変わり、かつての姿が想像できなくなっているか…

  • 山を介した文化のつながり
    消えてしまった流通往来の文化

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著者プロフィール

1907年(明治40)~1981年(昭和56)。山口県周防大島に生まれる。柳田國男の「旅と伝説」を手にしたことがきっかけとなり、柳田國男、澁澤敬三という生涯の師に出会い、民俗学者への道を歩み始める。1939年(昭和14)、澁澤の主宰するアチック・ミューゼアムの所員となり、五七歳で武蔵野美術大学に奉職するまで、在野の民俗学者として日本の津々浦々を歩き、離島や地方の農山漁村の生活を記録に残すと共に村々の生活向上に尽力した。1953年(昭和28)、全国離島振興協議会結成とともに無給事務局長に就任して以降、1981年1月に73歳で没するまで、全国の離島振興運動の指導者として運動の先頭に立ちつづけた。また、1966年(昭和41)に日本観光文化研究所を設立、後進の育成にも努めた。「忘れられた日本人」(岩波文庫)、「宮本常一著作集」(未來社)、「宮本常一離島論集」(みずのわ出版)他、多数の著作を遺した。宮本の遺品、著作・蔵書、写真類は遺族から山口県東和町(現周防大島町)に寄贈され、宮本常一記念館(周防大島文化交流センター)が所蔵している。

「2022年 『ふるさとを憶う 宮本常一ふるさと選書』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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