猪飼野詩集 (1978年)

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  • 地図にない日本の中の朝鮮のまち

     環状線の「鶴橋」で降り、国際マーケソトを抜け、大通りをしほらく歩くと、猪飼野新橋にぶつかる。この橋の下を流れるのが平野川で、この川に沿って猪飼野の町が広がっている。
     しかし、現在では町の名称は変更され、西側は桃谷町、東側は中川町となり、猪飼野という名は地図の上から消えた。

     なくてもある町/そのままで/なくなっている町/地図にないから/日本でなく /日本でないから/消えてもよく/どうでもいいから/気ままなことよ
       (「見えない町」より)

     猪飼野ほ在日朝鮮人が多く住む町である。行政は、猪飼野が在日朝鮮人の代名詞的な言葉になっているのを嫌い名称を変更した。差別の実態はそのままにし、町の名前だけを変えてお茶を濁すやり方である。金時鐘は、そうした行政に対して、猪飼野はなくならないと抗議するかのようにこの「猪飼野詩集」を発刊した。

     金時鐘は一九二九年、朝鮮元山市生まれ。小学生時代は日本の皇国教育を教えられ皇国臣民であったというが、日本の敗戦により、民族主義に目覚め、社会運動に身を投じた。朝鮮戦争中は弾圧により済州島で合法活動をしていたが、身の危険を感じ、日本へ渡航する。
     日本では、朝鮮学校の教員をしながら、長い間日本共産党の党活動に情熱を傾けたが離党。その後、日本の公立学校では初めての在日朝鮮人教師として、兵庫県立漆川高校(定時制)に勤務、現在に至っている。
     中川町は路地の町である。挟い道の両側は、家内工業か従業員十人以内くらいの零細企業がひしめいている。歩いているとミシンの音やプレスの音、旋盤やその他機械の音がたえ間なく聞こえてくる。
     路地を抜けたところは平野川である。平野川の上手は、コンクリートで固められ、人を寄せつけない高さに仕上げられている。
     大正末期、百済(くだら)川を改修して平野川をつくるため、この工事に駆り集められた朝鮮人たちが、そのまま居ついてできたのが、この猪飼野の町である。だから、ここ猪飼野に限らず、この川に沿って、朝鮮人の町は多い。
     私の生まれ育った町は、この川の上流で、小・中学校時代は何人もの在日朝鮮人二世や三世と机を並べて学んできた。しかし、そのほとんどは当時日本名であったので、こうした事実は分らなかった。
     ただ、卒業式の時、クラスメートの女の子が、初めて朝鮮名を名のった記憶があり、その勇気に後日、改めて感動した。しかし、在日朝鮮人の多くは、そのことを隠している。芸能界やスポーツ界にも多くの在日朝鮮人がいるのだが、その実態ほよく分らない。
     ジョニー大倉が、朝鮮名を名のったとたん仕事が滅ったというが、本名を名のれない日本社会のあり方には問題がある。民族差別の根は深い。

     ヂョンスニ//ここにいなさい/日本にいっても/とりまく海を渡ってはなりません/こぞった声援をつぶしていては/よそよそしいあなたが/私とこぞった/私の国から/この私が切れていきます!/ヂョンスニ!/二ホンにだけ/こもっていなさい
        (果てる在日より)

     ヂョンス二は、女子バレーボールの日本チームで活躍した白井貴子さんの、養女になる前の名前である。彼女は養女になり帰化して日本人となった。

     猪飼野を歩いているうち、朝鮮(キム)漬(チ)や千魚、目を射るあざやかな朝鮮の布地を売る店が何鮮も並ぶ商店街に出た。ここが朝鮮市場だ。
     この一角ほ、まぎれもなく日本の中の朝鮮の町である。金時鐘ほ、あとがきの中で、 「三世、四世と代をつないだ異国暮らしの中でも、朝鮮人としての原初を風化させないで持ち続けているのは、"朝鮮"そのものである在日朝鮮人の原型像が、この堵飼野に存在するからだ」と述べている。

     何かがそこらじゆうあふれていて/あふれてなけりや枯れてしまう/振舞いずきな朝鮮の町さ。/始まろうものなら/三日三晩。/鉦と太鼓に叩かれる町、/今でも巫人(ムダン)が狂う/原色の町/あけっぴろげで/大まかなだけ/悲しみはいつも散ってしまっている町/夜目にもくっきりにじんでいて/出会えない人には見えない/はるかな日本の/朝鮮の町
         (見えない町より)

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著者プロフィール

1929年朝鮮・元山市生まれ。著書に「猪飼野詩集」「光州詩片」「原野の詩」(小熊秀雄賞第一回特別賞受賞)、評論集「『在日』のはざまで」(毎日出版文化賞受賞)他

「年 『草むらの時』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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