ハーメルンの笛吹き男 ――伝説とその世界 (ちくま文庫) [Kindle]

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  • 筑摩書房
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  • 「伝説というものはその発端をなす歴史的事件に近づけば近づくほど素朴単純な姿を現してくる」

    1284年6月26日に130人の子供たちがハーメルンの町で行方不明になった歴史的事実と、これを<ハーメルンの笛吹き男>によるものだとする伝説に、ドイツ中世史の専門家である著者が迫っています。

    著者はネズミ捕りである<笛吹き男>と誘拐事件を途中で結合された話として、第1部2章の時点でこれまでの研究による誘拐事件に対する解釈を挙げたうえで今日でも有力なものに絞り込みます。

    1.舞踏病
    2.ジーベンビュルゲンへの移住
    3.子供の十字軍
    9.偽皇帝フリードリッヒ2世の
    11.崖の上から水中に落ち溺れ死んだ
    12.地震による山崩れで死亡
    17.1260年のゼデミューンデの戦で戦死
    24.死の舞踏の叙述から派生したもの
    ※ 東ドイツ植民説

    有力説のなかから著者なりの真実が導き出し、誘拐事件の謎解きとしては第1部の時点で完結します。
    つづく第2部ではもうひとつの謎であるネズミ捕りの笛吹き男の実像と社会背景が詳述されるとともに、筆者は以下のような言葉を漏らします。

    「知識人が民衆伝説をとらえようとする場合、知識人がおかれた社会的地位が影を投げる」

  • グリム兄弟が採録した「ハーメルンの笛吹き男」伝説は、笛吹き男についていった100人を超える子どもたちが消え失せてしまうという、ちょっと気味の悪い、それだけに想像力を刺激される話だが、その原型になった事件が実際にあった(もしくはそう信じられている)のだそうな。けっこうびっくり。その傍証となる史料があり、舞台となったハーメルンには事件に基づく風習や、遺物が残されているという。
    伝説そのものは、超自然的な色合いが濃いが、では実際には何が起きたのか。本書では巷で有力な仮説がいくつも紹介されており、ミステリーを読むような面白さがある。

    ただ仮説のどれが正しいのかを分析することが、本書の主題ではないようだ。笛吹き男伝説に近づいたり離れたりしながら、中世ヨーロッパ社会のあれこれが語られる。植民の話、社会の下層民の生活、遍歴芸人、数々の祝祭・・・伝説の成立過程に多かれ少なかれ影響を及ぼしたと思われるこうした社会学的な話に興味を持てるかどうか。ぼくは面白かった。

    本書が面白かったひとは、大林太良の比較神話学に関する著作が面白いと思う。

  • はじめに書いておくと、本書に「ハーメルンの笛吹き男」の真実が書かれているわけではありません。それも当然で、なにせいまから700年以上も前の、とあるひとつの町で起こったできごとに過ぎず、誰もわかるわけがありません。

    1284年6月26日にハーメルンの街でなにかが起こったのは間違いない。そして、それは「ハーメルンの笛吹き男」の伝説として語り継がれた。

    その「なにか」についても、はっきりとはわかりません。いろんな説が紹介されますが、どれも決定打にかける。

    答えがわからないんじゃあなにもおもしろくないのでは、という話になりますが、本書で書かれるのは「なにか」が「伝説」になるまでの過程を精緻に読み解いていく作業であり、それはおのずと当時のハーメルン=ドイツ=ヨーロッパについて紐解く作業でもある。
    本当か、嘘か、本当であったとしたらにがあったのか、嘘ならばなぜ伝承されるほどの嘘となりえたのか。この最後の疑問がいちばん大きく紙面を割かれています。

    さらにいえば、この「なにか」は、当時のヨーロッパにおける社会構造、それも下層の被差別民が大きく関わっているという見立てがあり、そうなると当然のことながら資料も乏しく、その作業は至難の業といえますが、それを事細かに達成されています。

    中世ヨーロッパのひとびとが位置する社会構造、そして心的構造は、いまから見れば理解に苦しむ部分もあり、通ずる部分もあると思います。

    「ハーメルンの笛吹き男」の話が、いまのいままで、それも極東の島国にまで伝わってしまうというのは、この話がいかにひとびとを惹きつけたかということにも繋がりますが、本書も「『ハーメルンの笛吹き男』について」という題材を、とても魅力的に描かれています。

  • グリム童話として有名な「ハーメルンの笛吹き男」。社会学者である著者は、この「童話」が800年前のドイツ・ハーメルンで本当に起きた史実であったことを、社会学者らしい緻密な現地調査と文献調査で少しずつ明らかにしていく。

    当時のハーメルンや、その周囲のドイツの町、ヨーロッパの生活実態も丁寧に洗い出したうえで、「ハーメルンではどのような生活が営まれていたのか」「当時のハーメルンの町はどのような造りになっていたのか」「どうして100人以上の子どもが失踪したのか」「そもそも笛吹き男の正体はなんだったのか」を論じていく。

    史実として積み上げられている理論は、時々、難解なところがあるものの、とても重厚で濃密。ヘタな推理小説より遥かに読み応えがあり、陳腐ながら「事実は小説より奇なり」とは、まさにこのこと。

    童話としての「ハーメルンの笛吹き男」の話はほぼ出てこないが、現実世界の「笛吹き男」と「消え去った子どもたち」について理解を深めるなら、たぶんこれ以上の本はない。これを文庫で出すんだから、やはりちくま文庫は凄い。

  • 結局のところ、確かに130人の失踪事件はあったらしいのだが、それがいったいなんだったのかははっきりと知ることはできないという結論でしょうか。それにしてもへたな推理小説よりも面白く読めます。

  • 「ハーメルン(現ドイツ)で約130人もの子どもたちが笛吹き男に連れられ集団失踪した」・・・グリム童話にも登場し、数世紀にわたり伝説となっていたこの出来事が、1284年6月26日に起きた史実であることを著者は突き止める。そこから、事件当時のハーメルン市が抱えた諸問題、中世都市における子どもたちの生活、笛吹き男を通してみる遍歴者=賎民の姿などが検討されていく。なぜこの伝説が生まれるに至ったのか?膨大な文書史料の分析による、中世ヨーロッパ社会史研究の記念碑的作品である。【中央館3F図書388.34//A12】【OPAC: https://opac.lib.niigata-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BN03293829

  • ハーメルンの笛吹き男という、有名な伝説を中心にすえ、中世の社会や低階層の人々の暮らしについて触れており、むしろそちらの方がとても役立つ内容に感じた。

    伝説は、実際の出来事を基としてそれが語り継がれる時代の背景が強く投影されてながら、伝えられてくるという捉え方はその通りだと思う。
    この「笛吹き男」の伝承が事実かどうか、というよりも、なぜこれが800年もの長きにわたり、語り継がれてきたかという点にこそ、魅力的なドラマを秘めているのだ。

  • 《ハーメルンの笛吹き男》伝説はどうして生まれたのか。十三世紀ドイツの小さな町で起こった、ある事件の背後の隠された謎を、当時のハーメルンの人々の生活を手がかりに解明していく。これまでの歴史学が触れてこなかったヨーロッパ中世社会の「差別」の問題を明らかにし、ヨーロッパ中世の人々の心的構造の核にあるものに迫る。

  • これ、ハーメルンの伝説というより、その周辺の実証的な史学・民俗学の本なのでは…

    本当に面白かったです。

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著者プロフィール

1935年生まれ。共立女子大学学長。専攻は西洋中世史。著書に『阿部謹也著作集』(筑摩書房)、『学問と「世間」』『ヨーロッパを見る視角』(ともに岩波書店)、『「世間」とは何か』『「教養」とは何か』(講談社)。

「2002年 『世間学への招待』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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