鹿の王(上下合本版) (角川書店単行本) [Kindle]

著者 :
  • KADOKAWA / 角川書店
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感想・レビュー・書評

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  • 捕虜になっていた欠け角のヴァンが、ひょんなことから新たな家族を見出し、皆を守るために自らが犠牲になって皆を守ろうとする物語。
    疫病との闘いと支配する側、される側の葛藤。
    さらにいろいろな人々の思惑が絡んだ長編小説。
    登場人物は多いものの一人一人の個性がわかりやすく描かれていて、混乱することもなく、読み切れた。
    最後のところは、後日談的な部分があっても良かったのかなと思う。
    タイトルを見たときと、読み終わったときの「鹿の王」の受け取り方がだいぶ違っていたことが、意外な感じがする。作者の意図にはまった感じ。
    何はともあれ、面白かった。

  •  凄くいいです。読み終わるのが勿体ない位でした。この感じは久し振りです。読んでいて位本当に楽しかった。ヴァンと一緒にあちこち旅をした気分です。
     この国の事情に慣れるまではちょっと混乱しますが、それ以上に登場人物が魅力的で、それぞれに感情移入できます。

  • 2015年本屋大賞受賞作。上橋さんの本は初めて読んだけれど、ぐいぐい世界観に引き込まれてあっという間に上下巻読了。
    ファンタジーなのだけれど、描かれている民族問題・宗教観・医療問題・動物との共生など、様々なテーマはファンタジー過ぎず、今私達が生きているこの世界でも起き得ること。欧米のファンタジーだとどうしてもキリスト教的価値観と翻訳で完璧な感情移入が難しいけれど、日本人の著者の本はすっと入ってきた。上橋さんは文化人類学者でもあり、親戚の方に医療監修もして頂いたそうなので、なおさら読んでいて納得感。
    複雑に絡み合った思惑と諍いの中で、ユナのかわいらしさが救いなのだと思う。

    「オタワル人は、この世に勝ち負けはないと思っているのよ。食われるのであれば、巧く食われれば良い。食われた物が、食った者の身体となるのだから」
    民族が生き残っていくための真の強さを考えさせられた。

  • とてもよいファンタジーだった。
    国家共生や異民族衝突、疫病問題なんかを描いているけど特によいのが生き物。
    鹿や狼はもちろん、地衣類やウイルスにいたるまで様々な生命が複雑に関係しあって存在していることを教えてくれる。
    ネーミングも秀逸。
    これらが非常に分かりやすく読みやすく書かれていて気持ちいい。

  • 圧倒的です。
    緻密な世界観のファンタジーでいて、かつ、高い説得力。
    それでいて飽きないスリリングな展開と魅力的なキャラクター。
    とてもよかったです。

  • 緻密な描写と素晴らしい物語。いい親子だった

  • 久々の上橋ワールドは期待に違わず今作でも、奴隷の話あり、植民地支配がもたらすあれこれの問題あり、人種差別の問題もあり、医学もあり、異なる宗教観もあり、生態系の問題までもを含む、多すぎるぐらいの要素がぶちこまれたごたまぜ物語でありながらも、それが逆にリアリティを感じさせるという素晴らしい物語世界を披露してくれました。  先月は体調不良もあって読書が進まなかったという面もあったけれど、実はこの作品を「2度読み」してじっくりと味わっていたため冊数が進まなかったという面もあったことをまずは告白しておきたいと思います。

    Review の冒頭でいきなり「著者あとがき」に触れるのもなんだけど、そのあとがき冒頭で上橋さんが仰る

    自分の身体ほど、わからないものはない・・・・・。
      ここ数年、老父母と、更年期に達した自分の身体の不調にふりまわされているのですが、50の坂を越えれば、若い頃と違って、「下り坂をくだる速度を抑える」ことはできても、「ぐんぐんと上り坂に向かう」ことはないという、人の身体の容赦ない真実を感じる度に、いま、自分の身体の中でどんなことが起きているのだろうと、思うようになりました。
    というのはまさに KiKi の皮膚感覚です。 (何せ上橋さんとは同世代 ← それが嬉しくもあり彼女との差に落ち込むこともあり 苦笑)  祖母が認知症だったので自分が同じ道を辿らないようにと彼女なりの努力をしていたにも関わらず結局同じ病に罹患し、今では KiKi が自分の娘であることさえ忘れてしまったばぁば。  ばぁばよりも遥かに年長でありながら未だに頭だけはしっかりしているじぃじ。  認知症に罹患したといえどもそれを除けば健康そのもので今ではほんの1年前に大腿骨を骨折したことを全く感じさせないばぁば。  頭だけはしっかりしているのに、狭心症を患い足元が覚束なくなっているじぃじ。  

    認知症が加齢とともに発生する病でありながらも罹患する者としない者を両親に持つ KiKi が日々感じている 「なぜ、ばぁばだけが・・・・?(世の中には数多くいるとは言えども)」という想いは、この物語の主人公であるヴァンや物語世界で猛威をふるう黒狼病に耐性のない人々が共通して抱える大きな疑問であるだけに身につまされます。  

    と同時に、今、現実社会では猛威をふるいはじめた「エボラ出血熱」のニュース報道が流されない日はなく、そのニュースで印象が薄れつつあるシリアでの「生物兵器使用疑惑」な~んていう話もこの物語で描かれる様々な出来事と何気にリンクして思い起こされ、ついつい現実世界を引き寄せながら「読まされてしまう」物語だったと感じます。

    そして、病の発生ではその治療の妨げの1つとなるものに「異文化の壁」があるというのも現実世界を映しだしていると感じます。  今回のエボラ熱の発生中心地である西アフリカでは先進国の医療支援チームが現地に入ったばかりの頃には、「あの西洋人の医者の所に行くと殺されてしまう」というような噂が現地の人の間に広がり治療の妨げになったと聞きますし、彼らの埋葬文化が拡大の一因とも考えられるらしいのですが、それを一概に否定することができないのが予防の妨げになっているとか、とか、とか・・・・。  

    この物語では「黒狼病」が征服民である東乎瑠〈ツォル〉の民のみ耐性がないということで、その東乎瑠〈ツォル〉の属領とならざるをえなかったアカファ王国の「呪い」であると噂され、それがさまざまな憶測や陰謀の火種となっていくうえに、宗教観の違いにより治療がままならない様子も描かれています。  そしてその背景には東乎瑠〈ツォル〉帝国から送り込まれた入植者たちによって伝統文化を踏みにじられた民族の存在があり、その入植者が持ち込んだ農産物や家畜により生態系が崩れていく様までが描かれています。  いやはや、こうなってくるとこれはもう「夢物語ファンタジー」というよりは、まさに「現実にあった(もしくはありうる)物語」と呼んでもおかしくないぐらいのものではないかしら・・・と思わずにはいられません。

    病が大々的に取り上げられているし、上橋さんご本人も「本作では医学的なことを取り上げているので親類のお医者様の指導・監修を受けた」と仰っているので、医療メインの物語とも読めるわけですが、KiKi が強烈なメッセージの1つとして受け取った本作のモチーフは「征服者 vs. 被征服者」の物語ということでした。  ある意味では単純な対立構図のように見えるこの二者の間にどれだけ複雑なものが生まれるのかは、もう長年繰り返され続けているガザ地区におけるパレスチナ人とイスラエル人の攻防を思えば容易に理解できます。  そこには単純な異民族を支配征服した、されたというような関係のみならず、あるいは宗教観の相違というだけに留まらず、その紛争に心ならずも巻き込まれてしまった人々それぞれが抱える事情があるのです。  つまりイデオロギーや精神論、押し付けの道義感、お気楽平和主義などで解決できる問題ではないのです。

    この物語の中でも帝国を広げ続ける東乎瑠の為政者がすべからく残忍とは描かれていません。  もちろん残忍なリーダーもいるけれどその一方で実に賢く様々な被征服民の事情を熟慮し、可能な限り温厚な政治を取ろうとするリーダーの姿も描かれています。  逆に被征服民の中にも火馬の民のように過激化している民(その姿には何気に「イスラム国」の人々の姿がダブるような気がするのは気のせいでしょうか?)もいれば、支配者との関係を可能な限り緩やかに保ちながら言ってみれば「したたかに」生き延びる民の姿も描かれています。  もちろん彼らの生活は決して安楽なものではないものの、だからと言って不幸のどん底か?と言えばそうでもなかったりもする・・・・・そんな描写に上橋さんの知性とこの人の本業(?)が何であったか?を感じさせられます。

    ある登場人物は人間の身体を「森」と表現し、別の登場人物は同じく人間の身体を「国」と表現しています。  「森」も「国」もある形をなしているわけですが、そこには無数の命が生きづき、その生命がゆるやかな関係を保ちながら存在しています。  これを人体のみならず人間社会と読み替えた時、この人間社会はこの世界の生態系と人間の体内に存在する免疫系の間に存在する人間と言う存在のちっぽけな社会とも言えるわけです。  私たち人類は科学とか進歩という名のもとにそれらを支配し、人間にのみ有益なように利用しようとしてきた一面があるわけだけどその行為は今現在、私たちが気がつき始めたこと以上に傲慢なことだったのかもしれません。  

    「何が命をつなぎ、何が命をうばうのか、その因果の糸はあまりにも複雑で辿りようもない」。

    この言葉が胸に響きます。  それでもその複雑な因果の糸を必死で解き明かそうとするもう1人の主人公医術師ホッサルは現代の先進国に暮らし科学の恩恵を享受している私たちの姿です。  そう考えてくるとホッサルと KiKi の違いは職業というような表面的なことのみではなく、己の傲慢さ、身勝手さ、冷酷さをどれだけ自覚しているかの差のような気さえします。  

    東乎瑠の奴隷となった母親から火馬の乳でつくった食べ物を与えられていた少女ユマは黒狼に噛まれても生き延び、火馬の乳は穢れた食べ物として口にしなかった東乎瑠の貴人は病に倒れました。  その描写に人間というこのどうしようもない種族が持つある種の傲慢さとそれでも必死に生き抜こうともがく人間のささやかな努力、そして結果として生き延びた生命の輝きのようなものが描かれていると感じました。

    そしてそれを感じた時、初めてヴァンの父親の言葉が示す深い洞察が胸を打ちます。

    「鹿の王」とは「群れが危機に陥ったとき、己の命を張って群れを逃がす鹿......本当の意味で群れの存続を支える尊むべき者」を指す。  とは言え、「そういうやつがいるから、生き延びる命もある。  助けられた者が、そいつに感謝するのは当たり前だが、そういうやつを、群れを助ける王だのなんだのと持ち上げる気もちの裏にあるものが、おれは大嫌いなのだ」。

    という言葉。  そこにも私たち現代人がある意味で「生命」を「観念的に捉えている」ことを思い出さずにはいられません。    

    物語の最後で生を、種を繋ぐために必要な「家族」の姿が描かれているのが実にこの作者さんらしい描写だと感じました。  でもそこで「良かった、良かった」(と手放しで言えるほどの結末でもないのですが・・・・ ^^;)で終わらせず、最後の最後にさらに重い言葉を投げかけてくるのもこの作者さんならではだと感じます。  曰く、

    生き物はみな、病の種を身に潜ませて生きている。  身に抱いているそいつに負けなければ生きていられるが、負ければ死ぬ。  ほかのすべてと、同じことだ。

    いや~、相変わらずこの方の物語は深い!!

  • 血のつながりや種族の絆が絡み合う複雑な物語。人は正しいことだけを選んで生きられない。
    生の意味を考えながら私たちは何故生きるのか、本能に従う生き物は何故生きるのか。上橋さんの作品の根底をずっと流れているそんな根源的な疑問をここでも感じる。
    家族を亡くしたもの同士が寄り添い、新しい絆を結んでいくところがとてもよかった。生きることは自分の遺伝子を残すとかいう利己的なものじゃないのよきっと。といいつつ血族との縁にもひきずられる揺らぎもまた人間らしいと思ってしまうんだけど。

    電子版だけのカラーキャライラスト3ページがとても豪華。

著者プロフィール

作家、川村学園女子大学特任教授。1989年『精霊の木』でデビュー。著書に野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞した『精霊の守り人』をはじめとする「守り人」シリーズ、野間児童文芸賞を受賞した『狐笛のかなた』、「獣の奏者」シリーズなどがある。海外での評価も高く、2009年に英語版『精霊の守り人』で米国バチェルダー賞を受賞。14年には「小さなノーベル賞」ともいわれる国際アンデルセン賞〈作家賞〉を受賞。2015年『鹿の王』で本屋大賞、第四回日本医療小説大賞を受賞。

「2020年 『鹿の王 4』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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