秘密 [Kindle]

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  • 2016年11月29日発売
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感想・レビュー・書評

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  • 冷静に眺めるとストーリー展開自体は複数の意味で「ひどい」のに、緻密な構成と豊潤な文体のおかげで、「谷崎ってやっぱりすごいわ」と感嘆。

    煩わしい人間関係を断とうと隠れ家を手配して遁世した男。彼は夜毎、気晴らしなのか遊び心なのか判然としないけれど、誰にも気づかれないように変装して街を歩くようになる。
    ある日街で見かけた女物の縮緬着物の美しさに心を奪われた男は、その夜以降、女装して街に繰り出すようになる。
    古風だけど粋な装いと美しくも不可思議な雰囲気に、すれ違う人たちは目を留めるようになる。
    注がれる視線と己だけが知る秘密による高揚感に浮かれる男。
    しかしある夜、彼以上に人々の視線を奪う妖艶で謎めいた美女が現れる。
    彼女は男が昔捨てた女だが、その夜をきっかけに、二人の交流は再開する。
    捨てた男と捨てられた女ではなく、虜になった男と虜にする女として。
    けれど…。

    一見繋がりのなさそうなものたちが「秘密」というキーワードのもとで巧みに繋ぎ合わされ、情景描写が的確な豊潤な文体で描かれることで、虚飾と妖艶に満ち満ちた耽美な世界観が確立されています。
    秘密を持つ側の優位性と惹きつけられる側の劣性、愚行からもたらされるその呆気ない転換も、その筆力によって余すところなく描かれています。

    谷崎潤一郎が生半可な変態クズ野郎とは一線を画す、本当に知的でしかも語彙力豊かという、ある種完璧なハイスペック変態クズ野郎であることをあらためて噛み締めた作品でした。

  • いかにも谷崎が書きそうな悪徳的快楽。
    並の刺激に飽き足らず、更に強い刺激への慾を強くしていたところ、「秘密」の面白みに目を付ける。
    女装する秘密の愉悦の発見を経て、「身分も境遇も秘密」の女が夢幻の魅力を湛える面白さを発見する。
    女の「秘密」にも飽きてきて、今度はその秘密を暴いて挙句に女を捨てる残酷に快楽を得るに至る。
    そして
    「私の心はだんだん「秘密」などと云う手ぬるい淡い快感に満足しなくなって、もッと色彩の濃い、血だらけな歓楽を求めるように傾いて行った。」と結ばれる。
    全く谷崎らしい倒錯した悪魔的な快楽主義。
    理解はできるし、面白いとも思えるが、どうにも同調はできないな〜。
    ボクはもっと素朴で健全な快楽が浴しい。

  • 「秘密」が「秘密」であることの魅力が描かれた作品です。つまらない日常も秘密というフィルターがあることによってロマンチックで刺激的なものになる、ということを伝えたいのかなと思いました。主人公がT女へ抱く感情の変化の表現が上手で谷崎潤一郎の凄さを改めて感じます。『私は美貌を羨む嫉妬の情が、胸の中で次第々々に恋慕の情に変わつて行くのを覚えた。』「女」として負けてしまったので、「男」として征服してみたら興醒めしてしまった主人公の虚しさを感じました。

  • ある男が自分の人生の刺激として、より強い「秘密」を楽しむ物語。

    明示されてはないけど、大まかに2パートに分かれる。
    前半では男が女装をし夜の街を徘徊する。後半では男がある女に好意を寄せる。
    前半部分は男の「秘密」好きの説明として読むといいなと思った。日常に快楽を求め、「秘密」を見つける・自ら纏うことで男が平凡な景色を楽しむ様が描かれる。
    後半部分では「秘密」好きが故に男はある女に惹かれる。女は男の秘密好きを理解し、屋敷の場所を隠すことで自身に「秘密」を作り、男の興味を保とうとする。

    「享楽的に生きる」という1点のみをシンプルに切り取って、そこから話を膨らませたストーリーがこの小説のキモかなと思う。
    後半の女のセリフで「あなたは私を恋して居るよりも、夢の中の女を愛しているのですもの」というセリフがある。このセリフ以外にも、女自体を好意を寄せるというよりは、女が抱えている秘密に興味を惹かれている場面が見られる。
    また、最後のシーンでは男が「秘密」に飽き、より強い刺激を求めることが示唆されている。物語の最初から最後まで「より強い刺激を得たい」という男の欲が一貫している。

    【気にいったフレーズ】
    活き活きとして、まるでその場で血が通っていることを連想させるような言葉遣いが印象に残った。

    ・前半に男が女装している際の、
    「みぞおちから肋骨(あばら)の辺を堅く緊め附けている丸帯と、骨盤の上を括っている扱帯(しごき)の加減で、私の体の血管には、自然と女のような血が流れ始め、男らしい気分や姿勢はだんだんとなくなって行くようであった。」

    ・後半で男が好意を寄せる女に対して述べた
    「顔面の凡(す)べての道具が単に物を見たり、嗅いだり、聞いたり、語ったりする機関としては、あまりに余剰に富み過ぎて、人間の顔と云うよりも、男の心を誘惑する甘味ある餌食であった」


  • 秘密。世間様から秘められたもの。
    それに魅せられた男が、秘められた趣味として女装に嵌り、
    昔船で出会った夢の中の女と再会する話。
    秘密は秘密だから燃えるのであって、それが公のものとなったら
    興味関心も薄れるものだよなあ。

  • 主人公は日々の生活に疲れ、交際を続けてきた人々から逃れて気分を一新するために、寺の庫裏の一間を借りて、隠棲を始める。やがて、女装して外出することに秘密の喜びを見出すようになる。外出を続けていると、ある日、映画館で昔交際していた女と再会し、女の自宅で逢うことを約束する。目隠しをして、車に乗せられて、女の家に行って逢い、再び目隠しをして帰るという奇妙な逢い引きを何度も繰り返すうちに、女の自宅の場所を知りたいと思うようになり……。

    秘密というものは知らないからこそ価値がある、知ってしまうと一気に興覚めする、ということでしょうか。
    冒頭にある、普段生活している場所でも実はよく知らないところがたくさんあるということが書かれている箇所も、なかなか趣きのある文章です。

  • この話を読んで二つのことを思い出しました。
    まず、ツァイガルニク効果という心理状態があること。これは要は、「ミステリアスな人は魅力的に見える」という心理効果のことで、確かゲーテだったと思いますが、「ミステリアスな奴は魅力的だ」みたいなことを言っていた気がしますね。いずれにせよ、不思議な存在と魅力というのは谷崎の場合でも繋がっていて、「秘密」が暴かれた途端に、その魅力は瓦解してしまうものなのです。
    もう一つは谷崎の最後の妻、松子夫人の存在です。彼は彼女と不倫関係の末に契りを交わしますが、松子夫人と『秘密』のT女の性質に近いものがあることに注目しました。個人的には、この2人は自ら小説に登場する人物に「なりきって」生活を送っていたようにも映ります。
    どちらの面から見ても、谷崎潤一郎にとって切ってもきれない概念である「秘密」。今作は短編ながらそのエッセンスが綺麗にまとまっていたと思います。

著者プロフィール

1886年7月24日~1965年7月30日。日本の小説家。代表作に『細雪』『痴人の愛』『蓼食う虫』『春琴抄』など。

「2020年 『魔術師  谷崎潤一郎妖美幻想傑作集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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