壊れた世界の者たちよ (ハーパーBOOKS) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • ドン・ウィンズロウの最新作は意外なことに中篇集。しかも、全六篇のどれも少しずつタッチが異なるところがうれしい。『犬の力』にはじまるメキシコ麻薬戦争三部作は、おそらく作家の代表作となるのだろうが、実録小説風の『犬の力』や『ザ・カルテル』がドン・ウィンズロウだと思うと、それはちがう。ドン・ウィンズロウには他にも多くの作品があり、それぞれに意匠がこらされていて、どれも読んでいて楽しい。これもその一つ。

    ドン・ウィンズロウが創り出す人物は、腕が立つだけでなくキャラも立つ。シリーズ物の場合もあれば、読み切りで一話にしか登場しない人物もいるが、たとえば一話完結の『フランキー・マシーンの冬』の主人公、餌屋のピートや『ボビーZの気怠く優雅な人生』のティム・カーニーなどは一回ではもったいない人物で、またその活躍が見たいと思わせる。読者がそう思うのだから、作者がそう考えても不思議はない。

    「パラダイス」には、その二人だけでなく、ティムが助け出した少年キット、ティムの恋人エリザベスが家族となって再登場する。それだけでもうれしいが、副題に「ベンとチョンとOの幕間的冒険」とあるように『野蛮なやつら』『キング・オブ・クール』の主人公たちが、ハワイのカウアイ島を訪れ、地元の麻薬組織と揉めているティムとキット親子と共に戦うという筋立てだ。キレッキレの戦闘シーンはもちろんだが、ちらっと顔を見せるピートに寄せるOの感情など、親子関係が隠れた主題になっている。

    表題作「壊れた世界の者たちよ」はニュー・オリンズが舞台。市警麻薬取締班班長ジミー・マクナブはチームの信頼厚い男だが、一度キレるとヤバい男でもある。ジミーはチームを率いて麻薬の密輸現場を強襲、一味を逮捕するが、無用な挑発で組織の長を怒らせてしまい、報復として弟のダニーが惨殺される。復讐を誓ったジミーは仲間とともに次々と相手を仕留めていく。しかし、それは法の執行というより、私怨を晴らすためのもので、守るべき一線を越えていた。原題は<BROKEN>。果たして壊れたものとは、何だったのか。

    「犯罪心得一の一」はスティーヴ・マックイーンに捧げられている。カリフォルニア湾岸を走るハイウェイ101号線を舞台に、人を傷つけることなく鮮やかな手並みで宝石強盗を続けるデーヴィスを、誰も気づかなかった複数の事件に共通点を発見したサンディエゴ警察強盗課主任刑事、ルー・ルーベスニックが追う。これで足を洗う最後の一件になるはずの強盗劇に思いもよらぬ展開が起きる。マスタングやカマロといったマッスルカーが活躍するシーンが映画『ブリット』を彷彿させる、小気味良い仕上がりの一篇。

    「サンディエゴ動物園」にはエルモア・レナードへの献辞がある。リヴォルバーを手にしたチンパンジーが動物園から逃げ出し、近くにいた制服警官のクリスは椰子の木に登って捕獲しようとするが、相手にしてやられて見事に失敗。おまけに捕獲劇の一部始終がユーチューブに流され、一躍有名人に。名誉挽回をかけて銃の出所を調べ出すクリスだったが、それがもとでややこしいことになる。前作にも登場するルー・ルーベスニックがクリスの憧れの対象として、ちらっと顔を出す。もうけ役だ。

    「サンセット」は、レイモンド・チャンドラーに捧げられている。伝説のサーファーが保釈金を踏み倒し、逃げ出してしまう。保釈保証業者のデュークは、『夜明けのパトロール』『紳士の黙約』で活躍していた私立探偵、ブーン・ダニエルズを雇い、伝説のサーファー、テリー・マダックスを追わせる。ブーンは昔、テリ-に憧れていた。テリーが落ちぶれ、麻薬中毒者となった今も、まだ忘れられないでいる。世の中には、その人間の値打ちとは別に、持ち前の魅力で人を惹きつけずにおかない人間がいる。チャンドラーの『長いお別れ』におけるテリー・レノックスがそうであるように。

    「サンセット」とは落日のこと。「人生の落日」期に入ったのは何もテリーだけではない。ウィンズロウ初期の作品『ストリート・キッズ』を含む五作品の主人公、ニール・ケアリーも年を取った。今は大学で英文学を教える身だが、デュークやルー・ルーベスニックとは毎木曜日に集まってポーカーをやる仲間。仲間の危機を見捨てておけず、ニールもブーンを助けて追跡劇に馳せ参ずる。ジャケットに入っていたペーパーバックに銃弾があたって命拾いするというお定まりのパターンも、これくらいの年齢になるとご愛敬として許せる。「人生の落日」期も、友があれば、またよし、

    掉尾を飾るのが、ウェスタン小説風の「ラスト・ライド」。父のようにカウボーイとして牧場で働くことを夢見ていたキャルだったが、今ではカウボーイに出る幕はない。国境警備局の隊員となり、不法入国者を収容する任務に就くが、母親と引き離されて檻に入れられた少女と目があってしまう。お役所仕事の無責任ぶりに腹を立てたキャルは自分で調べ、母親がメキシコにいることを突き止め、違法と知りつつ、老いぼれた愛馬に跨り、国境を越えて自ら少女をメキシコに届けようとする。

    共和党の支持者の多いテキサス州が舞台。キャルもトランプに票を入れた一人だが、少女を母親と引き離し、檻に入れる仕事には納得がいかない。父の言葉がキャルの背を押す。「たいていの人間は大きな犠牲をはらわずにすむなら、正しいことをするものだ。だけど、大きな犠牲が必要なときに正しいことができる者はきわめて少ない。すべてを犠牲にするとなったら、正しいことをする人間などひとりもいないだろう」と。しかし、時にはすべてを犠牲にしなければならないこともある。

    旧作の登場人物が一堂に会し、まるで同窓会みたいにてんやわんやを繰り広げる、後日譚という仕掛けが楽しい。ファンなら、懐かしい顔ぶれがそろって、新しい事件に取り掛かる様子を見られてたまらないだろう。しかし、それまで、ドン・ウィンズロウを読んだこともなく、経緯を一切知らなくても、この中篇集はまちがいなく面白い。これをきっかけに、未読の作品を読みはじめる読者も出るだろう。恐るべし、ドン・ウィンズロウ。

  • 麻薬カルテルとかを描く骨太で壮絶で激しくバイオレンスなドン・ウィンズロウも好きだけど、「フランキーマシーンの冬」とか「夜明けのパトロール」みたいな、スタイリッシュでクールなドン・ウィンズロウもすごく好きで、今回はそのスタイリッシュな感じが十分楽しめてうれしかった。本筋ではないけど、登場人物たちの普段のこだわりの生活ぶりみたいのを読むのがすごく楽しい。サーフィンとか趣味とか家とか車とかお酒とか食事とか、細かいライフスタイルの話が好き。
     とくに好きだったのは「サンディエゴ動物園」。ユーモアがあってロマコメみたいで。エルモア・レナードに捧げられているので、じゃあわたしは「ラブラバ」を読むべきなのかも。。。
     ニール・ケアリーまで出てくるエピソードもあって、なんかもう懐かしかった。みんな年とって、中高年の話とも読めるところもよかったな。

    • たまもひさん
      niwatokoさん、こんにちは。
      読みましたよ~。実は前に一度読みかけたのですが、最初の表題作が苦手な方のウィンズロウで(「ダ・フォース...
      niwatokoさん、こんにちは。
      読みましたよ~。実は前に一度読みかけたのですが、最初の表題作が苦手な方のウィンズロウで(「ダ・フォース」とかの暴力まみれ路線)、クールかつ叙情的なウインズロウを愛する私は、そこで挫折しちゃいました。
      ところがところが、niwatokoさんのレビューを見て驚愕。なんと!わが愛のニールが登場しているとは!これは読まなければと再度手に取りました。
      「ストリート・キッズ」から幾星霜、60歳を過ぎたニール・ケアリーに再会できるなんて(ちょっと銃で撃たれちゃったりしてるけど)。カレンも元気そう。感涙ものでした。
      他にもドーン・パトロールの面々とか、フランキー・マシーンとか懐かしい顔が出てきて、なんだか胸がいっぱいになりました。レビューをありがとうございました!
      2021/09/22
    • niwatokoさん
      そうなんですよ~! ニール・ケアリー、ほんとに、まさか再会できるとは思わなくて。しかもなかなかいい人生を送ってきたようなのがすごくうれしいで...
      そうなんですよ~! ニール・ケアリー、ほんとに、まさか再会できるとは思わなくて。しかもなかなかいい人生を送ってきたようなのがすごくうれしいですよねー。感涙ものってわかりますー。彼が60すぎとはね~……。暴力まみれ路線じゃないウィンズロウをまたもっと読みたいですね。
      2021/09/22
  • ドーン・パトロールの面々、そして何よりニール・ケアリーに再び会えるなんて。

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著者プロフィール

ニューヨークをはじめとする全米各地やロンドンで私立探偵として働き、法律事務所や保険会社のコンサルタントとして15年以上の経験を持つ。

「2016年 『ザ・カルテル 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ドン・ウィンズロウの作品

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