運動の神話 上 [Kindle]

  • 早川書房
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  • 現代の人びとが運動という概念について抱いている神話を解体し、その現実を明らかにしようとする挑戦的な本だ。本書の著者、ダニエル・E・リバーマンはハーバード大学に勤める古人類学者で、『人体600万年史 科学が明かす進化・健康・疾病』などの著書がある。私は前作を読んでからのファンだった。
    本書ではさまざまな社会の人びとや動物の研究が参照される。西欧の先進諸国の人びと、狩猟採集民族、チンパンジー、草食動物、肉食動物、あらゆる生き物の間で比較が行われ、人びとが運動に抱く誤解を解き、適切な考え方を提供する。運動はどのくらいの時間、どのくらいの量を、どのくらいの頻度で行えばよいのか、適切な睡眠時間はどれくらいか、長時間座り続けるのは体によくないのか、そういったよくきくもののどの情報を信じたらよいのかわからないトピックについて、正確な考えを抱くことができるようになる。

  • オーディブルにて。
    さまざまに言われる運動のイロハについて、人類学の視点を交えつつ語る本。人間が長くを過ごして進化した、つまりそれがこの身体のデフォルト自然状態と思われる、狩猟採集民or先祖たちとの比較がメイン。彼らに比べてもちろん我々の運動量は落ちているわけだけど、理想として語られるほどには彼らだってムキムキで常にハードな運動していて8時間刺激のない空間に1人でぐっすり寝てるわけではないし、座ってる時間が長かったりするのだ。下巻も楽しみ。

  • 「そもそも人間は運動するように進化してきたわけではない」にもかかわらず「現代人は運動しなければならない」その理由について、著者の研究含む、あらゆる進化生物学の最新の知見から解説した画期的著作。うち上巻は「運動しない状態」「座っている状態」「寝ている状態」と運動におけるスピード・パワー・戦いについて紹介。

  • 話題になった『人体600万年史』著者の大作。「運動なんてやりたくないのが普通」「運動は万能薬ではないが健康に有益」ということを長尺で教えてくれます。個人的にはすごく面白かったけどあまり一般向けではないかも。

  • 下に記載

  • オーディブルはダニエル・E・リーバーマン『運動の神話 上巻』を今朝から聞き始める。

    「私たちは運動(エクササイズ)するように進化してきたわけではない」。のっけから、ウルトラランナーのバイブル『Born to Run』を全否定するような書き出しだが、そこは『人体600万年史』の著者リーバーマンのことだから、科学に裏付けられた説得力ある論理展開で「運動にまつわる数々の神話(都市伝説の類い)」の誤りが指摘され、「未開人だって好き好んで走っていたわけではないし、現代のデスクワーカーの運動量と比較しても、それほど動き回っていたわけではない」ことが懇切丁寧に説明されていく。

    アスレチックな野蛮人神話を打ち砕く不都合な真実。PAL(身体活動レベル=24時間内に諸費するエネルギー量/ベッドから一歩も出なかった場合に身体維持に消費するエネルギー量で割った比率)の比較。「ほとんど運動しない一般の人でも、1日1〜2時間歩くだけで、狩猟採集民と同じくらいの信頼活動ができることになる」
    ・座りっぱなしのオフィスワーカー:1.4〜1.6程度
    ・1日1時間運動する人/建設作業員など:1.7〜2.0
    ・先進工業国の成人の平均:1.67
    ・先進国の工場労働者/農民:1.9
    ・狩猟採集民:男性平均1.9/女性平均:1.8
    ・自給自足農民:男性平均2.1/女性平均1.9
    ・野生の哺乳類:3.3以上

    成熟したゴリラは1日の大半を座って過ごす。典型的なゴリラの群れが1日に移動する距離は1.6キロにすぎない。
    チンパンジーも1日の大半を食事か消化に費やす。平均的な1日の移動距離は3〜5キロ、登る高さは100メートル。
    人間の狩猟採集民も1日の大半を不活発に過ごしているが、類人猿と比べればワーカホリックに見える。その理由は?

    何もしないことのコスト。体重82キロの平均的なアメリカ人成人男性の場合。
    ・安静時代謝率(RMR)は1時間あたり70キロカロリー、1日1700キロカロリー。
    ・12時間の絶食後、21℃の暗い部屋で8時間の睡眠をとったあとに測定する基礎代謝量(BMR)は1530キロカロリー(RMRより10%低い値)。
    ・1日の総エネルギー消費量(DEE)は2700キロカロリー
    ・安静時のエネルギー消費量が総エネルギー予算に占める割合:63%
    毎日消費するエネルギーの3分の2近くが安静時に消費されている計算。「活動的な人でも、おそらくは体を動かすことよりも、体を維持することに、より多くのエネルギーを使っている」

    第2時大戦中におこなわれたミネソタ飢餓実験。1日3200キロカロリーの食事を与え、1週22マイルのウォーキング+15時間の肉体労働(洗濯や薪割りなど)を義務付ける。12週間後、摂取カロリーを1日1570キロカロリー(基礎代謝量相当)に減らす。24週間後、体重が25%減少した時点で、食事量を徐々に回復。
    →その時点で体脂肪の蓄積量は70%減少、10キロから3.2キロまで減った。無気力になり、身体活動の量を最小限に切り詰めた。さらに、安静時代謝率と基礎代謝量が、体重の減少から予測される低下率を大幅に下回り、40%も低下。平均基礎代謝量は1日1590キロカロリーから964キロカロリーまで減った。
    ・飢餓状態に陥ると、代謝速度を緩め、維持コストを減らす。心拍数は3分の1低下、体温は37℃から35.4℃まで下がろり、皮膚などの細胞を行進するためのエネルギーも削減、皮膚はカサカサ、精子や血球の数は減少。
    ・さらに臓器のサイズダウンが見られた。安静時代謝の60%(それぞれ20%ずつ)を脳と肝臓と筋肉が消費し、残りの40%を心臓、腎臓、腸、皮膚、免疫系などが消費している。飢餓状態に陥ると、筋肉を40%削減して1日150キロカロリー節約できたが、その結果衰弱し、簡単に疲れるようになった。心臓も推定17%縮小し、肝臓や腎臓も同様に縮小した。

    私たちはなぜ、いつ、貴重なカロリーを身体活動と他の機能のあいだでトレードオフするのか。
    「たとえば脚が長いほど速く走ることができ、速さが捕食者から逃れる(あるいはより優れた捕食者になる)のに役立つとすれば、自然選択は長い脚を優遇するだろう。だが、スピードは明らかに常に有益な形質であるにもかかわらず、なぜ長い脚を持つ種がもっと存在しないのだろうか? それを説明するのが「トレードオフ」だ。ほとんどの場合、変異には限られた選択肢しかないため、選択圧は費用対効果に基づいて働くことになる。脚が長くて体が大きい人は、状況によっては利点になる「脚が短くて体が小さい」人にはなれない。自然選択は必然的に、置かれた環境における繁殖成功度を最も高める代替手段や妥協手段を優遇する」
    「自然選択の観点からすると、カロリーが限られている場合、必要のない身体活動から、繁殖またはその成功を最大化する機能にエネルギーを振り向けることは、たとえそのトレードオフにより健康が害されたり寿命が縮まったりするとしても、常に理にかなうことなのだ。
     つまり一言で言えば、私たちは極力体を動かさないように進化してきたわけだ。より正確に言うと、私たちの体は、身体活動を含む非生産的な機能に対して、エネルギーを十分にではあるが過度には振り向けないように選択されてきたのである。ここで「極力」という修飾語をつけたのは、当然のことながら、人は動かなければ生きていけないし、成長することもできないからだ。狩猟採集民だったあなたの祖先も、子供のころは、運動能力を高めたり、体力やスタミナをつけたりするために遊ぶ必要があっただろう。だが大人になると、食べ物を探したり、仕事をしたり、連れ合いを見つけたり、殺されないよう気を付けたりしなければならなかったはずだ。また、ダンスのような社会的に重要な儀式に参加する必要があっただろうし、そうしたいとも思っただろう。しかし、エネルギーが不足しているときには(それが常態だった)、余計な身体活動は、生存と繁殖に充てられるはずのエネルギーを減らしてしまう。賢明な大人の狩猟採集民は、スリルを得るだけのために、8キロ走って500キロカロリーを無駄にするようなことはしない。」
    「若い頃に遊ぶ傾向や社会的な理由を除けば、不必要な身体活動を避けようとする本能は、何百万世代ものあいだ現実的な適応手段となってきたのだ。実際、他の哺乳類と比べて、人間は特に運動を嫌うように進化してきた可能性がある。」

    オーディブルはダニエル・E・リーバーマン『運動の神話 上巻』の続き。

    身体活動レベル(PAL)
    ・大部分の野生動物:2.0〜4.0
    ・ハッザ族:男性平均2.3、女性平均1.8
    ・欧米人:1.6
    ・チンパンジー:1.5
    「類人猿と先進国に住む座りがちな人々は、大部分の哺乳類に比べて例外的に不活発なのであり、狩猟採集民はその中間に位置している」

    「長い距離を歩く、掘る、ときには走る、食物を加工して分け合う、といった活動のために、人間はチンパンジーより毎日大光のエネルギーを費やしているが、その努力のおかげでより多くのカロリーが生み出され、体をより活発に動かせるほか、役2倍の速さで繁殖を行うことができるっようになった。また、この追加のエネルギーのおかげで、大きな脳を持ち、より多くの脂肪を体に蓄えるといった利点も手にした。しかし、それには代償が伴う。必要なカロリーが多ければ多いほど、カロリー不足になる可能性も高くなるのだ。狩猟採集民の戦略は人類の繁殖性高度にはプラスになるが、自由裁量的な身体稼働にカロリーを消費することは避けるように働くのである。」
    「人間でも、類人猿でも、イヌでも、クラゲでも、自然選択は、繁殖成功度を犠牲にしてエネルギーを浪費するような活動は優遇しない。その意味では、あらゆる動物は可能な限り怠け者であるべきだ。だが、人間が無駄な身体活動を他の多くの種よりも嫌うのは、エネルギー予算が例外的に少なかった祖先から、繁殖成功度を高めるためのコストが例外的に多くかかる方法を進化させたからであることを示唆する証拠がある。支出が多いときには、ほんのわずかな節約でも貴重だ」

    この著者には、「〜する証拠がある」と言っておきながら、その証拠には触れずに議論を進めてしまうクセがある。そこがもどかしいところでもある。ひと言、「あとで詳述する」とか断っておいてもよさそうなものなのに。議論展開が見事なだけに、もやもやを感じてしまう。愚痴です、はい、すみません。

    座ることで(経っているより)1時間あたり数キロカロリー節約できる。怠け者であることが進化的に選択されてきたのなら、なぜ長時間座っているのは健康に悪い、とされるのか。

    ①座り方の問題。背もたれ付きの椅子が登場したのはつい最近の出来事で、現在も地べたに座る文化は世界中に見られる。快適さを追求した結果、筋力の衰えにつながった?
    ・ケニアの農村部の10代の若者の背筋力は、背もたれ付きの椅子に慣れた都会の10代の若者に比べて、21〜41%高い。
    ・1879年、背もたれ付きの椅子に警鐘を鳴らしたある医師の言葉。
    「文明が人類を拷問するために発明したあらゆる機械の中で、椅子ほど執拗、広範、かつ残酷に働くものはない」

    ②座る時間の問題。
    ・平均的なアメリカ人が座って過ごす時間は目覚めている時間の55〜75%。アメリカ人の平均的な睡眠時間7時間を除くと、座っている時間は1日9〜13時間。若者は1日9〜10時間。高齢者は12時間超。
    ・心拍数モニターによる測定。座っているときは最大心拍数の40%未満、軽度の活動(料理やゆっくり歩く)は40〜54%、中強度(早歩き、ヨガ、庭仕事)は55〜69%、激しい活動(ランニング、跳び箱、山登り)は70%以上。
    ・典型的なアメリカの成人は、軽度の活動を5時間半、中強度の活動を20分、激しい活動を1分未満。
    ・典型的なハッザ族の成人は、軽度の活動を4時間、中強度の活動を2時間、高強度の活動を20分。
    ・野生のチンパンジーは、1日の87%を座って行う活動(休息、毛繕い、穏やかな食物摂取、巣作り)。目覚めている12時間のうち身体活動をしない時間は10時間半。
    →「座りっぱなしのアメリカ人カウチポテトでさえ、野生のチンパンジーに比べればワイルドなほどに活動的である」

    ③慢性炎症の発生。病原体の侵入、損傷した組織などを検知した免疫系が最初にとる反応である「炎症」を制御する数十種類のタンパク質(サイトカイン)の一部が、持続的でほとんど検出できないレベルの慢性的な炎症を引き起こすことが判明。
    ・ずっと動かずにいる(じっと座り続ける)と、太る(=エネルギー貯蔵庫としての皮下脂肪と内臓脂肪が膨張する)。とくに内臓脂肪細胞が膨張すると、炎症を誘発する大量のサイトカインが血液中に滲み出してくる。
    →慢性炎症が、心臓病、2型糖尿病、アルツハイマー病など、加齢に伴う数多くの日官製ん性疾患の主な原因であると強く示唆される。さらに、慢性炎症の痕跡は、大腸がん、全身性エリテマトーデス、多発性硬化症、関節炎を含む「〜炎」と呼ばれるすべての疾患に見つかっている。
    ・ずっと座ったままだと筋肉の活動が停止したままになり、代謝、血液循環、骨、炎症の抑制に役立つメッセンジャータンパク質(マイオカイン)が放出されなくなる。中強度から高強度の運動をすると筋肉はマイオカインを放出して炎症を抑える。
    「身体活動による抗炎症作用は、ほとんどの場合、炎症を起こす作用より協力で長く続くうえ、筋肉は体の約3分の1を締めるので、活発に活動する筋肉は強力な抗炎症作用を発揮するのだ。控え目な身体活動であっても慢性炎症のレベルが低下し、その効果は肥満体型の人にも現れる」

    腰痛の原因は座る姿勢(猫背)ではなく、長時間座ることでもない。腰回りの体幹の筋肉(インナーマッスル)がしっかりしていれば腰痛にはなりにくい。背もたれ付きの快適な椅子は体幹に負担をかけないので、そこが弱る→腰痛になる。
    「このテーマに関する質の高い研究のほぼすべてにおいて、腰のカーブを伸ばしたり猫背になったりする姿勢で座る習慣を腰痛と関連づける一貫した証拠が見つからなかった」「座っている時間が長い人ほど腰痛になりやすいことを示す良好な証拠もなく、特別な椅子を使ったり頻繁に立ち上がったりすることで腰痛の発生率が減らせるという証拠がない」「むしろ、幼虫にならずにすむ最良の予測指標は、疲れにくい筋肉を備えた丈夫な腰を持っていることだ。言い換えれば、披露しにくい丈夫な腰を持っている人は姿勢が良いということになる。つまり、私たちは原因と結果を混同してしまったのだ」「良い姿勢は、主に環境、週間、精神状態を反映したものであり、腰痛よけのお守りではない」

    長時間同じ姿勢で座り続けることが健康に悪いなら、なぜ人は1日の3分の1も睡眠をとるのか。

    ①エネルギーを節約してカロリーを体の修復や成長に回すため。
    ・人間の代謝率は睡眠中に10〜15%低下する
    ・成長の80%はノンレム催眠中に生じる。

    ②脳の記憶のため。脳は睡眠中に情報を保管して分析する。覚醒時に感覚センサーから収集された情報は、短期記憶センターの海馬にいったん集められ、ノンレム催眠中に、これらの記憶を分類し、無数の役に立たない記憶を却下し、重要な記憶を脳の表面近くにある長期保存センターに送る。脳はこれらの記憶にタグ付けして保存し、レム催眠中にも特定の記憶を分析し、そこからパターンを探している可能性さえある。脳のマルチタスク能力には限りがあるため、覚醒して意識がはっきりしているときには、このような分類・整理・分析機能を効果的に働かせることができない。

    ③脳から不要な代謝産物(老廃物)を排除するため。
    ・大量に生成されたアミロイドβを放置しておくと神経細胞を詰まらせてしまう。
    ・アデノシンが蓄積されると眠気が導かれる。
    ・肝臓や筋肉などでは血液が老廃物を洗い流してくれるが、血液脳関門によって血液が脳細胞から隔離されているため、別の方法を進化させる必要があった。→ノンレム睡眠時に脳のすみずみにある特殊な細胞がニューロン間を60%も拡張して、脳を浸している脳脊髄液が老廃物を洗い流せるようにしている。拡張したこの空間を通じて、傷ついた細胞を修復したり、脳内の神経伝達物質を若返らせたりする酵素が入り込む。ただし、脳間質液を介する経路は一方向にしか流れないため、脳を洗浄しながら思考することはできない。→だから1日の活動で溜め込んだゴミを洗い流すために、眠る必要がある。

    睡眠は時間を犠牲にして脳の機能を向上させる必要不可欠なトレードオフ。
    ・記憶を蓄え老廃物を生成知る覚醒時の1時間ごとに、これらの記憶を処理してゴミを掃除するために15分の睡眠が必要。
    ・子どもはとくに多く眠ることが必要。

    睡眠時間が最低8時間必要というのはウソ。
    ・タンザニアのハッザ族、カラハリ砂漠のサン族、アマゾン熱帯雨林の狩猟農耕民にウェアラブルセンサーを装着して採った統計によると、彼らの平均睡眠時間は暖かい季節で5.7〜6.5時間、涼しい季節で6.6〜7.1時間。昼寝もほとんどしていない。
    ・欧米人の夜間の平均睡眠時間は7時間。
    →非工業化社会の人々の睡眠時間は、工業化、脱工業化社会の人々より長いという証拠はない。さらに、この50年間に工業化社会の人々の睡眠時間が減少したという実証的な証拠もない。
    ・8時間睡眠のアメリカ人の死亡率は、6.5〜7.5時間睡眠の人より12%高い。
    ・8.5時間以上のヘビースリーパー、4時間未満のライトスリーパーの死亡率も15%高い。
    ・ほとんどの研究で、7時間以上睡眠を採っている人は、7時間未満の人よりも寿命が短い。

    睡眠の取り方が人それぞれ(夜中に目覚めるとか)なのは進化適応の可能性が高い。
    ・ハッザ族22人からなる野営地で20日間調査したところ、1晩のうち、全員が眠っていた時間はわずか18分で、残りの時間は少なくとも1人が目覚めていた。
    「進化の観点から見ると、このような差異はおそらく適応により得られたものと思われる。なにしろ、私たちが最も無防備になるのは、危険な夜に眠り込むときだからだ。警戒を怠らない歩哨(年配の人物の場合が多い)が少なくとも1人いれば、ヒョウやライオン、そして危害を加えようとする他の人間に道た世界で眠る危険性は減っただろう」
    「人間はチンパンジーなどの類人猿に比べて、睡眠時間が短くなるように適応したようだ。この短縮はおそらく、およそ200万年前に、アフリカの荒野で安全な寝床である木に登るための様々な機能を失ったことが原因と考えられる。危険な場所で寝なければならなかった、不安定に二足歩行する歩みののろい人間は、火をてなずけるまで、ヒョウやライオン、サーベルタイガーなどの格好の餌食になっていたに違いない。そのような状況下で、私たちの無防備な祖先は、常に集団内の誰かが覚醒していて警報を発することができるように、最小限の浅い睡眠を何回かに分けてとるようになったのだろう。もしそうしていなかったら、絶滅していたかもしれない。」

    睡眠がそれほど大事なら、なぜ寝つきが悪い人がこんなに多いのか。寝つきの良さをもたらすものはなにか。
    ①24時間周期の体内時計。朝になると脳の視床下部にある視交叉上核と呼ばれる細胞群が、エネルギー消費を促す主要ホルモン・コルチゾールを分泌させ、目覚めさせる。夜になると、同じ視床下部の松果体にメラトニン(別名ドラキュラホルモン)を分泌させ、眠りを誘う。
    ②交感神経系と副交感神経系を交互に活性化させて睡眠・覚醒を調節する恒常性維持システム。覚醒時間が長くなると、脳がエネルギーを消費したときに残るアデノシンが蓄積されて睡眠圧が高まっていき、眠ることによってリセットされる。
    ・緊急事態が発生したときは、交感神経系の「闘争と逃走」のシステムを活性化させて、過覚醒状態を引き起こす。エピネフリンとコルチゾールが放出され、心臓の動きを速め、血液中に糖をみなぎらせ、消化器系の機能を停止させ、注意力を高める。ゾーンに入れば眠気は遠のく。
    ・1日の早い時間に運動をすると寝つきが良くなるのは、運動が睡眠圧を高め、体を刺激して、副交感神経系の「休息と消化」の反応を引き起こして、交感神経系の「闘争と逃走」の反応を打ち消すから。(だから、寝る直前に運動をすると、交感神経が刺激され、かえって眠れなくなる)
    →週に150分以上中・高強度の運動を定期的に行う人は睡眠の質が65%向上、日中に過度の眠気に襲われることも少ない。
    ・逆に、十分な睡眠をとれば、体を休めて修復するための十分な時間が確保できるので、さらに人びとは活動的になる。
    ・睡眠時間が6時間未満の思春期の子どもは、8時間以上の子どもと比べて、怪我をする割合が2倍。
    ・身体活動が常に少ない成人は、不眠症を被る率が高い。

    ただし、睡眠薬に頼るのは危険。
    ・睡眠薬を定期的に服用するアメリカ人の成人は、2年以内に死亡するリスクが5倍近く増加。
    ・睡眠薬はうつ病、がん、呼吸器系疾患、精神錯乱、夢遊病とのあいだに強い関連性があると報告されている。
    ・複数の研究が、睡眠薬の効果のほとんどはプラセボ効果にすぎないとしている。
    「20年後、人びとは睡眠薬の時代を、現在私たちがタバコの喫煙を受容していた時代と同じように振り返ることになるだろう」

    オーディブルはダニエル・E・リーバーマン『運動の神話 上巻』の続き。パートⅡは「スピード、ストレングス、そしてパワー」

    最高走行速度(推定)の比較
    ・チーター:120km/h
    ・ヌー、ガゼル:80km/h
    ・ダチョウ:75km/h
    ・オジロジカ、シマウマ:64km/h
    ・キリン:60km/h
    ・ハイエナ:50km/h
    ・ハイイログマ:48km/h
    ・野生のヤギ:45km/h
    ・ウサイン・ボルト(100mの人類最速タイム):37.5km/h
    ・1000mの人類最速タイム:27.3km/h
    ・リス:27km/h
    ・カバ、サイ:25km/h
    ・5000mの人類最速タイム:23.7km/h
    ・スカンク:16km/h

    トップスピードを維持できる時間
    ・エリートアスリート:20秒ほど
    ・野生のチーター:30秒ほど
    ただし、野生動物は直線的に走らず、予測不能な急旋回をくり返して相手が諦めるのを待つ。(2本脚の人間が急旋回すると故障リスクがきわめて高い)

    二足歩行の弊害。
    ・樹上でのふるまいが不器用になった。
    ・つまづきやすく、転びやすい。
    ・腰痛を抱えやすい。
    ・致命的なほど足が遅くなった。4本の脚で地面を蹴る力>2本の脚で地面を蹴る力、だから必然的に遅くなる。
    →2本脚で時速75キロも出せるダチョウがいるじゃん。
    →飛べない鳥は進化的適応として高速に走ることを選択したが、霊長類の大きなお足は木の枝を掴んだり、木に登ったりするのには適していても、その太くて短い脚では歩幅が狭く、走ってもスピードは出ない。そのように進化した。
    ・人間の足は、地面に水平に接地するようにできているが、四足歩行の哺乳類やダチョウはつま先(蹄やスパイクとなる爪)で走る。
    ・後ろ肢は先細りになっていて重心が腰に近く、脚を振りやすくなっている。
    ・2足歩行では、走る際に歩幅を伸ばすバネとして背骨を使うことができない。

    「要するに、700万年前に人類の祖先が二足歩行に移行した運命のとき以来、人間はずっとのろまな動物として過ごしてきたのだ。もし私が当時のアフリカにいた腹ペコのサーベルタイガーだったら、レイヨウや他の俊足の四つ脚の動物よりずっと簡単に追いつける初期の人類は、さぞかしありがたい獲物だっただろう。とはいえ、たとえ私たちの古代の祖先が簡単に手に入る獲物だったとしても、彼らが命がけで全力疾走することもあったに違いない。何といっても、サーベルタイガーの餌食にならないためには、隣の人よりほんの少し速く走ればよかったのだから。」

    群れの中で、プレデターの一度の攻撃で犠牲になるのは1匹か2匹。弱い個体(子ども、高齢、ケガ)ほど捕まりやすく、動ける個体ほど生き延びる可能性が高いため、群れは健全な状態に保たれる。そのうえ、人間には協力して相手を打ち負かすという知能、つまり大きな脳を発達させる方向に進化したので、個体としての走力やパワーは必然的に劣ることになる。筋肉と同様、脳も大きなエネルギーを必要とするからだ。

    体を動かす極小電池ATP(アデノシン三リン酸)は1個のアデノシン分子に3個のリン酸基分子が結合してできていて、リン酸基を結ぶ化学結合にエネルギーを蓄えている。3個のリン酸基分子の端の1個が加水分解されると、1個の水素イオンとともに微量のエネルギーが放出され、ADP(アデノシン二リン酸)が残る。放出されたエネルギーは、神経細胞の発火、タンパク質の生成、筋肉の収縮など細胞が行うほぼすべての活動に利用される。細胞は糖分子と脂肪分子中の化学結合を分解することで、ADPにリン酸基を加えてATPに修復するエネルギーを得る。いわばATPの再充電だ。だが、速く走れば走るほど、ATPの再充電に苦労するため、しばらくするとスピードが落ちてしまう。この流れは、①即時、②短期、③長期、という異なるタイムスケールで次々と働く3つのプロセスに分解できる。

    ①ホスファゲン機構:スタートから30秒後まで。
    ・人間の体に常時蓄えられているのは全体で100グラム程度のATPしかない。だが、1時間の歩行で13.6キロのATPが使われ、1日には自分の体重を超えるATPが必要なる。つまり、最も早くエネルギーを供給できる最初のプロセスは文字どおり一瞬=駆け出しの数歩で終わる。
    ・最初の数歩で脚の筋肉のわずかなATPを使い果たしてしまう前に、クレアチンリン酸というATPに似た分子が迅速に使われるが、その量にも限界があり、10秒の疾走で60%減少、30秒で枯渇する。

    ②解糖:糖の分解。最初の30秒の疾走中にエネルギーをほぼ半分補充する。
    ・酵素が糖分子を半分に切断し、エネルギーを解放してATPを2分子補充する。
    ・解糖中に使われなかった残りの半分(ピルビン酸)が細胞の処理速度を上回る速度で蓄積される。
    →処理不能なレベルまで蓄積されると、ピルビン酸は酵素によって乳酸にかえられ、その過程で水素イオンが発生する。
    →水素イオンは筋肉細胞を酸性に変えるため、疲労や痛み、機能低下の原因となる。その結果、スプリンターは30秒ほどで脚が焼けるような感覚に襲われる。
    →酸はゆっくりと中和され、余剰な乳酸は第三のプロセスに送り込まれる。

    ③好気性代謝:30秒を超えて走り続けるときは、ミトコンドリア内の酸素を使って糖を燃焼させエネルギーを得る。(解糖ではなく燃焼)
    ・酵素を使って糖分子1個を燃焼させると、解糖に比べて18倍のATPが得られる。
    ・が、さまざまな工程を経なければならず、酸素も大量に必要とするため、エネルギーの提供速度が遅い。
    ・ミトコンドリアは糖、糖から生じるピルビン酸、脂肪、(緊急時にはタンパク質も)燃焼させることができる。
    ・健康な人は24キロ近く走れるほどの糖を蓄えられる。
    ・著者の体は2000キロを楽に走れるほどの脂肪を蓄えられる。
    ・糖と脂肪の燃焼速度は「糖>脂肪」なので、速く走れば走るほど、糖の燃焼が必要となる。
    ・最大酸素摂取量(負荷をかけ続けて息があがるときの上限。これを超えるスピードは筋肉が酸性に傾くので維持できない)に達したときに燃やされるのは糖だけ。
    ・100m走では有酸素呼吸を通して得るエネルギーは10%、400m走では30%、800m走るでは60%、1600m走では80%。距離が増えるほど、最大速度は高い最大酸素摂取量の恩恵を受ける。
    ・最大酸素摂取量はトレーニングによって向上させられる。

    骨を動かす骨格筋の線維は3つ。
    ①遅筋(Ⅰ型)、赤筋:動きは遅いが有酸素的にエネルギーを使い、簡単には疲れない。ウォーキングやジョギングで長距離を走るような低強度の持続的な運動向け。
    ②速筋(Ⅱ型X型)、白筋:糖を燃焼させ、強力かつ急速に力を生み出すが、疲れやすい。100m走のような短時間に最大の瞬発力を必要とする運動向け。
    ③速筋(Ⅱ型A型)、ピンク筋:有酸素的にやや強い力を生み出し、疲労度も中程度。1マイルレースのような中強度の運動向け。
    ・ほとんどの人では速筋線維より遅筋線維のほうがやや多いが、瞬発力が求められる短距離選手は速筋線維が圧倒的に多く、かつ、より大きな筋肉を持つのに対して、持久力が求められるマラソン選手は遅筋線維が優位を占める。

    持久力とスピードの両立は可能か。それともトレードオフの関係にあるのか。
    ・トップアスリート同士が正反対の種目をやっても勝ち目がないのは自明の理だが、最速のマラソン選手は常人では1キロ全力疾走しても切ることができない1キロ2分55秒ペースで走り続ける。これはむしろ、スピードと持久力が両立できることを証明しているのではないか。
    ・人間はカメにもウサギにもなれるように進化した。トレーニング次第で両方の能力を身につけることができるはず。
    →高強度インターバルトレーニング(HIIT):スプリントのような激しい短時間の無酸素運動とそれより強度の低い不完全回復(低・中強度の運動や短時間の休息)とを交互に繰り返す。
    ①プライオメトリック・トレーニング:片脚でできるだけ高く速く跳ぶ大きなスキップを10回。
    ②バットキック:おしりを蹴るように膝を後ろに曲げる動作を10回。
    ③100mまたは200mを何度か全力疾走する。
    ・HIITを週に2回続けると、大きな力を素早く生み出す筋肉の能力が向上し、速筋線維が太くなるためスピードが向上する。
    ・さらに、心臓の心室が大きく弾力的になり、血液を効率よく送り出せるようになる。動脈も太く、弾力的になり、筋肉にみなぎる毛細血管の数も増やす。血流を通じてグルコースを運搬する筋肉の能力を向上させ、筋肉内のミトコンドリアの数を増やして、より多くエネルギー供給できるようになる。その結果、血圧を下げ、心臓病や糖尿病、さらに多くの疾患の予防に役立つ。

    インターバルトレーニングか……。レースに出たいわけでもない自分は、トレーニングのためのトレーニングという考え方が嫌いで、毎朝のジョグも山ランも、一期一会の貴重な体験だと思っているので、インターバルトレーニングどころか、トラックをぐるぐる回るだけ、なんてまったく眼中になかったんだけどなあ。そもそも、非日常の刺激を受けたくて走ってるのに、同じところをグルグル回ったり、毎回同じルートを走ったりしていては、それが日常になり、ルーティンになって、非日常の気付きが得られるチャンスはどんどん減ってしまう。だから、毎回できるだけ違うルートを走っているし、山に行ったときも、できるだけスタートとゴールは別の場所を選んでるし、もし同じ場所に戻ってくるにしても、ピストンじゃなくて周回コースを選ぶようにしているのも、全部同じ理由なんだよね。どうしようかなあ。(きっとやらない笑

    大昔の先祖たちはムキムキだったのか。→ボディビルダーのような「無駄な」筋肉を維持できるだけの余裕がなかった。
    ・クロスフィッターの多くは、人類が生き延びるために必要だったと彼らがみなしている強靭さに基づく全身運動特性という、古来の伝統を実践していると信じている。「強くあることは根本的なこと」
    ・だが、それは事実に反する。
    ・筋肉隆々になると、パワーが犠牲になる。ストレングス(力強さ)はどれだけ大きな力(フォース)が出せるかを指し、パワーはどれだけ素早く出せるかを示す。ストレングスとパワーはトレードオフの関係にあり、極端に重いものを持ち上がられる力強い人は、すばやくそれを行うことはできない。
    ・筋肉隆々のもう1つの問題はカロリーにかかるコストで、筋肉を維持するためにより多くのカロリー(1日あたり200〜300キロカロリー)を摂取しなければならない。現代ならそれも可能だが、石器時代にそのような追加のカロリーを毎日採集しなければならないとしたら、繁殖成功度が犠牲になったはず。

    ゴリラはムキムキじゃないか、という反論。
    ・チンパンジーの筋肉は、一般的な人間より最大30%多く力とパワーを生み出せる。→3割増しでしかない。
    ・ネアンデルタール人は現生人類より10〜15%大きい筋肉をもっていて、その力も現生人類より強かったと推定されている。骨が太く、男性には大きな眼窩上隆起が見られる。→性欲や攻撃性を刺激する男性ホルモン、テストステロンのレベルが高かったと思われる。
    ・ゴリラについての記述はなし。←そういうところだぞ。

    加齢と筋肉。筋肉は維持するのに非常にコストがかかるため、使わなくなるとすぐに減少する。
    ・3週間寝たきりになると脚の筋肉は最大10%減少
    ・1〜2週間、無重力の宇宙空間にいただけで、20%減少。
    ・加齢による筋肉量の減少は、サルコペニア(加齢性筋肉減弱症)と呼ばれる。
    ・25歳から75際にかけての握力の低下率は平均25%。
    ・10ポンド=5.4キロの荷物を持ち上げられない女性の割合:55〜64歳で40%/75〜84歳で65%
    ・体力が低下すると、椅子から立ち上がる、階段を昇る、歩くといった基本動作ができなくなる。
    ・筋肉量が減少すると、骨に負荷をかけまいとして不活発になるので、骨粗鬆症にかかりやすくなる。
    ・サルコペニアは心臓病や2型糖尿病のリスク要因になる。うつ病にもなりやすい。
    ・適度な抵抗運動をおこなえば、サルコペニアの進行を遅らせ、場合によっては元に戻すことも。

    オーディブルはダニエル・E・リーバーマン『運動の神話 上巻』が今朝でおしまい。

    霊長類の集団では、序列を争って頻繁にケンカが起きる。人間は他の霊長類よりずっと穏やかに見える。最も好戦的な集団でさえ、暴力を振るう程度はチンパンジーの250〜600分の1程度。人間の生来の性向について、2つの別々の見方が主張されてきた。

    ①人類は生まれつき善良で、争いを避け(非攻撃的)、協調的になるように進化してきたとするルソー的見方。格闘技にも球技にもルールがあり審判がいるのはそのため。ダーウィンの『人間の由来』より。
    「人間の肉体的な力の弱さ、スピードの遅さ、自然の武器を備えていないことなどは、まず第一に、人間が知的能力を持っていて、いまだ野蛮な状態にあったときから武器や道具をつくることができたことと、第二に、社会的資質によって仲間を助け、また自分も助けられたこととによって、十分以上に補償されている」

    ②人類は生まれつき攻撃的だとするホッブス的見方。その極北に位置するのがキラーエイプ仮説。
    「最古のエジプトやシュメールの記録から最新の第二次世界大戦の残虐行為に至るまでの、飛び散る血や殺されてえぐり出された内蔵に満ちた人類史の記録は、人類が初期に普遍的に行っていた食人習慣、様式化された宗教における動物や人間の生け贄の習慣、そして世界中に存在した頭皮剥ぎ、首狩り、体の部位の切断、死姦習慣と合致しており、人類を類人猿の親類から食餌の点で分離し、むしろ最も凶暴な肉食獣に与させる、この共通の血に飢えた差別化要因、この捕食癖、このカインの印を明白に示している」

    →両者の折衷案として、反応的攻撃性(条件反射的に怒りを爆発させる。子ども時代から怒りの暴発を抑えることをくり返し学ぶ)と能動的攻撃性(意図的で計画的な敵対行為。待ち伏せ、誘拐、計画的な殺人、戦争、狩猟、格闘技など)を分けて考える。
    「私たちはいかにして、反応的攻撃性が高く、能動的攻撃性が低い、強くて危険なサルのような動物から、反応的攻撃性が低く、能動的攻撃性が高い、弱くて協力的で遊び好きな人間へと進化したのだろうか」

    人類学者は200万年前にホモ属が出現して以来、人類は攻撃性を失ってきたと推測。
    ・ホモ・エレクトスは初期のヒト属に比べてより大きな脳、より小さな葉、ほぼ現生人類に近い体つき。男性の体格は女性より20%大きいだけ(初期の人類アウストラロピテクス・アファレンシスでは男性が女性より少なくとも50%大きかった。←ゴリラやヒヒのように多数のメスからなるハーレムを支配するためにオスが争う種では、オスはメスの2倍大きい/つがい関係を形成し、争う頻度が低いテナガザルのオスはメスより10%大きいだけ/チンパンジーはその中間でオスはメスより30%大きい)
    ・ホモ・エレクトスは狩猟採集民であったことは考古学的記録から明らか。→狩猟採集民は高い協調性がなければ生きていけない。男女間の分業:母親は男性や祖母から食料を分けてもらわなくては自分と子どもを養うための十分なカロリーが得られない。狩りはうまくいかないときのほうが多く、手ぶらで帰ってきたハンターは、狩りに成功したグループの肉を分け与えてもらわなければ生きていけない。

    だが、人間は狩猟採集民になってから互いに戦わなくなったという見方には不都合な真実が2つある。
    ①男性の筋肉量。体重の男女差は12〜15%だが、筋肉量の差は平均で61%で、そのほとんどは上半身。オーバースローによる投擲など、狩猟目的のために選択された可能性があるとはいえ、攻撃目的を排除することはできない。
    ②ごつくて大きかった男性の顔が現代人のように女性化したのは10万年前にすぎない。男性ホルモン・テストステロンのレベルが高いと眼窩上隆起+でかくてゴツい顔になる。
    →攻撃性を弱めるために、テストステロンのレベルが低く、女性ホルモン・セロトニンのレベルが高い個体を何世代にもわたって人為選択して家畜化してきた動物の顔は小さくなる。ボノボのような一部の野生種も、「自己家畜化」によって選択的に攻撃性を減らし、縄張り意識を弱め、より寛容になるように進化してきた。→チンパンジーのオスが日常的にケンカし、メスを日常的に打ちのめすのに対して、ボノボのオスはめったに戦わないし、眼窩上隆起も顔の大きさも人間と同じく小さい。
    →人間も自己家畜化してきたのではないかという仮説。著者は2段階の進化を想定。①ホモ属が登場した初期に、狩猟と採集の始まりにまつわる協力関係の強化という選択圧。②ホモ・サピエンスにおいて、女性がより反応的攻撃性の少ない男性を選択した(つまり暴力夫を選択しなかった)ことにより生じた。

    大人になっても遊ぶのは、人間、イヌ、ほかのいくつかの家畜化された種。
    ・人間は、狩りをしたり戦ったりするときに必要となるスキルや身体能力を身につけるために遊ぶ。遊びを通じて、社会的ヒエラルキーにおける自分の立ち位置を学び、他人と協力したり、緊張を和らげたりする術も学ぶ。
    ・スポーツでは反応的攻撃性を抑え、ルールに従って戦うことを求められる。狩猟や制御された能動的な戦いに役立つスキルを習得し、衝動性をコントロールするしかたを身につける手段として進化してきたのかもしれない。フェアなプレイヤー(いわゆるスポーツマンシップ)であるためには、ルールを守り、感情をコントロールし、他者とうまくやっていくことが必要だ。

    「詰まるところ、人間がその祖先より身体的に弱くなったのは、より戦わないように進化してきたからではなく、異なる形で戦うように進化してきたからだ。すなわち、より能動的に、武器を使って、しばしばスポーツという文脈で戦うようになったのである。同じように、人間は運動目的でスポーツをするように進化してきたわけではない。組織化され規制された遊びの一形態であるスポーツは、殺したり殺されたりしないために役立つスキルを教えるため、また、互いに協力し合い、反応的攻撃性をなくすために、それぞれの文化において考案されてきたものだ。スポーツが運動の役割を果たすようになったのは、貴族やホワイトカラーが仕事で体を動かさなくなってからである。現代の産業社会では、スポーツは健康維持のための運動手段として販売されるようになった。それでも、多くのスポーツは、その進化の起源にたがわず、未だに戦闘と狩猟に役立つスキルを重要視しており、それには力、スピード、パワー、投擲が関与している」

  • 上下巻でかなりのボリュームがある内容だが、様々なデータや論文などを紹介しつつ、運動にまつわる通説やイメージを次々と論破していくところがおもしろい。
    全体を一言で表現するならば、心身の健康には運動はやった方がいい、ということに尽きるのだが、これから取り組もうとする人だけでなく、既に運動習慣がある人にとっても理論的に納得感を持って実践することはモチベーションにも大きく寄与するものと思う。

    本の趣旨からはやや外れるが、人類はラクをするために進化し、アタマを使って大きく発展を遂げたが、身体的にラクになり過ぎた結果、能動的に動かないと体に悪いという逆説的な結論に複雑な気持ちになった。

  • 「運動が健康にとって必要」だというのなら、何故人は動きたくないと思うように進化しているのか。「睡眠が重要」というにに、人は何故眠りたくないのか。
    狩猟採集民のときから人はあまり活動的ではない、というのは面白い。猿のときから飢餓に耐えるように動かないように進化した……というとこんなに運動を厭う人が多く運動不足があふれる現代にさもありなん。

  • オーディブルで拝聴。「脳を鍛えるには運動しかない」みたいな話しかと思ったらそうではなかった。
    まことしやかにささやかれる運動などにまつわる”常識”などが実際どうなのかを科学の知見から明らかにする。

  • ・Born To Runに出てきた研究者が書いていた。そのくだりを読むまで全く気づいていなかった。
    ・数々の神話が否定されるも、とりあえず運動は大事ということはよくわかった。

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