人魚の眠る家

著者 :
  • 幻冬舎 (2015年11月18日発売)
3.73
  • (375)
  • (795)
  • (672)
  • (82)
  • (24)
本棚登録 : 6594
感想 : 742
3

脳死と臓器移植に直面し我が子が脳死したことを受け入れることができない母親の苦悩の作品。

ハリマテクスの社長・播磨和昌の6歳の娘・瑞穂が小学校受験を前にプールで溺れる。医師・進藤から告げられたのは、脳死という過酷な現実。そして臓器提供の選択。突然の現実を受け入れることが出来きない母親・薫子は、臓器提供を検討していたが、最後の最後に提供を拒否し、自宅介護を申し出る。夫の会社の研究員・星野祐也の協力を得て、人工知能呼吸コントロールシステム(AIBS)を肺に埋め込んだり、人工神経接続技術により電気刺激により筋肉を動かす技術を用いて小学3年まで生きることになる。

夫の浮気により離婚を決意していた妻の心の拠り所は、子供の存在であろう。そんな時に娘の脳死を告げられる母親の心境を考えると、現実を受け入れることが出来ないのもよく理解できる。もしかしたら奇跡が起こるかもしれない。なのに判定で脳死と判定されたら、その奇跡の可能性までも摘み取ってしまう。そう考えると親としては、臓器提供を承諾することに躊躇するのは当然のとこだと思う。

ただ、読者として客観的に作品を読んでいるため、すでに亡くなった人間に、桁違いのお金をかけて人工的に延命すべきなのか?という気持ちにもなる。多分、誰もが思うことでろう。本作でも、和昌の父・多津朗や薫子の妹・美春の夫がこの状況を拒否し、遠のいている。そして、瑞穂の弟・生人が小学校に入った時にいじめられるきっかけなりかけたのもこの不自然な延命に対してのことである。誰もが薫子のこの異常というべき延命への執着が不気味であり、気分が悪くなる。

一方で、薫子自身もそんな自分の行為、思いに悩んでいたのであろう。だからこそ新章房子になり変わって、『ユキノちゃんを救う会』に参加し、渡航移植、日本の臓器移植の法律の矛盾を指摘している。だからこそ、雪乃ちゃんの父・江藤や『救う会』の門脇に日本の臓器移植が難しい状況の批判を伝えることで、自分の行動を理解してもらえなくとも、仕方のないことだと受け入れてもらおうとしているように思えてならなかった。元来、薫子は頭がいいので、臓器移植について調べるほどにその法律と現実との矛盾と、我が娘の状況とが被り、不安であったための『救う会』への参加になったのだと感じた。

保険証や免許証裏に「臓器提供意思確認」として、提供する臓器を記す箇所がある。自分が死ぬとは思っていないし、脳死状況に陥るとも思っていない。何も起こっていないこの状況下で、そして意識もしていない状況下で死んだら心臓、肝臓、腎臓、膵臓等を提供しますと回答できる人もいるかもしれないが、判断が出来ず臓器提供の意思を記さない人もいると思う。もっと、日本臓器移植の状況、例えば、日本での臓器提供数、臓器提供待機者数、その平均待機年数、また待機期間中の死亡率、臓器受給者の生存率、海外臓器移植数あるいは対国内率などをより広く開示し、そして私たちが臓器提供するか否かを判断するためのその情報の開示方法、タイミングを決めてしまう方が理解が得れるように思う。
例えば、免許書の裏に臓器提供確認の欄があるので、免許証更新時にその説明をして、その場で記載し、シールを貼る。記載は家族の合意もあるかと思うので、その場でなくてもいいのだが。

1999年に臓器提供意思カードが話題になったが、健康保健症は、常時携帯はしていないし、運転免許証は免許を持っている人しか携帯しない。脳死判定のためには、病院に搬送されるため保険証への記載は確かに有効ではあるかと思うのだが…

本作で、薫子が変装する新章での説明もあったが、1997 年 10 月に「臓器の移植に関する法律」(臓器移植法)が施行され、2010 年 7 月 に法改正があった。法改正までの約 13 年間でわずか86 人の脳死臓器提供が行われたようだ。また、「自国人の移植は自国内で行うように」という「イスタンブール宣言」についても内容までは覚えていなかった。なぜ、海外移植に行くのか、なぜ海外移植は信じられないくらいの高額なのかというのが、本作でようやく理解できた。

脳死状態で小学3年生となった瑞穂が、亡くなる時、薫子は今までの介護についてどのように感じたのであろうか。また、和昌とは離婚をするのであろうか。残された家族は今後どのような関係になるのであろうかと、自分なりに想像し、読み終えた

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年7月23日
読了日 : 2020年7月23日
本棚登録日 : 2020年7月23日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする