人質の朗読会

著者 :
  • 中央公論新社 (2011年2月1日発売)
3.65
  • (272)
  • (535)
  • (483)
  • (100)
  • (29)
本棚登録 : 3521
感想 : 659
4

反政府ゲリラに拉致され死亡した8人の人質が
遺した思い出話の朗読音声の話。

死にゆく哀れな人たちの悲壮感はない。
語られる思い出は心の芯を震わせるような
人肌の温もりがあるささやかな人生の一場面だ。
だからこそ、
一寸の隙もなく哀しい作品だと思った。
この愛しい話の語り手は、
もうこの世にはいないのだから。

ひとりひとりの出番は約20~30ページと短いのに、
彼らの死を悼むのに充分なくらいには
彼らの人となりを知って
好きになっているのだからすごい。
短いエピソードからでも読み取れる
澄んだ感性、優しさ、誠実さ。
素敵な人たちだったのだ。

きっと朗読会でも、人質同士魅力を感じあって、
互いを大事に思うようになっていたのだ。
だから、偶然同じツアーに参加して
バスに乗り合わせただけの8人だったのに、
寄り添いあって亡くなっていたのだ。切ない。

この作品では
①人質達のかたる思い出の中の過去の時間軸
②朗読会の時間軸
③人質達が亡くなり、テープが聞かれる時間軸
があって、
この時間経過が効果的に機能していると思った。

①と②の時間経過が人質たちの人生を、
“作中の登場人物”ではなく、分厚くて奥行きのある
本当の人間のように感じさせる。

③の時間は、死後も失われない彼らの存在意義、
人質たちの人生の一欠片が
誰かの胸の中で暖かくあり続ける様子を描く。
日本語がちっとも分からないのに、
こんなに真摯に人質達の祈りを受け取ってくれた
特殊部隊員の存在に救われるような心地がする。

これって結構すごい。
人質達も、彼らが語る話も、
なんと言うか“普通”なのに、
こんな風に誰かの心に残り続けるのは、
生きた意味というか、
他の誰でもなくその人の心があった価値というか、
上手く言えないけど、そんな風に感じられて
尊いと思ったし、うらやましい気もした。

きっと僕らのありふれた日常にもある
一欠片の物語を、
できるだけ見逃さないようにゆっくり歩いて、
感性研ぎ澄ませて集めていければいい。
もし、できるなら、
大勢じゃなくても、誰かと分け合えたらすてきだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年1月23日
読了日 : 2022年1月19日
本棚登録日 : 2021年12月7日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする