カズオ・イシグロの本を読むのは、これで7冊目になる。流石に少し、信頼できない語手にも飽きてきた。文庫本末尾の解説を読むに、おそらく初読の方であれば、この本に没入することもできたのだろうが、読み慣れてしまった人間にはそれができない。カズオ・イシグロという、書き手そのものの存在がノイズとなってしまっているのだ。
だが、それだけが彼の作品の魅力ではない。たとえ、初読者の感動を得ることができなくとも、彼の作品の中には等身大の人間がいる。それは、主人を亡くした執事や、敗戦国の画家という形で現れるが、彼らに共通している無常感こそが、私が真に求めるものなのだ。
信頼できない語手というのは、客観的現実を受け入れられずにいる彼らの内面を、主観的に描写したテクニックに過ぎない。このテクニックにより、読者は語り手の目線で世界を眺め、その歪さに時折気付かされながらもページを捲り続けることができるのだ。それは、語り手本人の世界への対し方と類似している。読者は、まるで役者のように、語り手の立場になって想像上の劇に参加することができるのだ。そこから得られる没入感は、中々他の小説からは得られない。
先ほど述べたように、カズオ・イシグロの作品の特徴は、この信頼できない語り手と、その無常感である。まるで、イギリス国民が大英帝国の栄光を懐かしむように、彼らはノスタルジックに浸るのだ。その様子は、客観的に見れば無様で見苦しいものだろうが、信頼できない語り手は読者を自分の味方にしてしまう。その瞬間、読者は当事者の目線から、盛者必衰の理を眺めることができるようになるのだ。そこに現れる物悲しさや、客観的現実を受け入れた後の清々しさからくる、一種のマゾスティックな快感は、ほろ苦い後味を読後に残してくれる。
- 感想投稿日 : 2023年12月17日
- 読了日 : 2023年12月17日
- 本棚登録日 : 2023年12月17日
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