紀ノ川 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1964年7月2日発売)
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感想 : 95
5

有吉さんが20代後半の作品とは驚くばかり。
明治・大正・昭和に祖母・母・娘女性3代がそれぞれ時代を生き抜いた様子を20代の女性とは思えない成熟した視点で描かれた作品だった。

女性はかくあるべき。
長男はこういうもの。
次男は家を継がずに分家する。
長男の嫁は跡継ぎの息子を生むのが至上の役目。

今の時代ではすでに埃を被ったような性別の役割や在りよう、或いは伝統的な家族観こそが、「人の幸せ」と信じられ疑われることがなかった過去。

そうではない見方やあり方もあるのかもしれないと発想されることもなく、各々が生まれついた家の格式や、性別、家族の役割によって、不文律ながらも規定され、人々はその通りに役割を果すことこそが、手にできる「幸せ」だと信じていた。

祖母、母、その娘と時代が変遷していくにつれ、その「当たり前」と信じられていた伝統的な家族観や役割が少しずつ変わっていく様子が面白い。

決してことの善悪ではなく、自分にとって不都合であったり、不満であることを克服するよう自ら新しい道を切り拓いていく女性たち。
ここが有吉さんの作品に登場する女性像に惹きつけられる所以かもしれない。

種々の解説によるとこの作品は有吉さんご自身が娘「華子」のモデルであり、幼少期にインドネシアに駐在したのも実体験とのこと。

自分に近い人々や自分自身を描く際に過剰に感傷的にならず、没入することなく、登場人物たちと比較的距離を取りながら、スパッと描かれる筆致が気持ちよい。

最近では死語になってしまったような表現や事実も時代背景を感じられ、辞書を引きながら考えを巡らせることができる。

・「婦徳に悖る」:女性としての義務に背くの意
女性がこうあらねばならないという目に見えない役割やあり方が強固であったことが理解できる。

・家督を継ぐのは長男の役割で、次男以下は分家や婿入り。明治時代長男は兵役を免れたとのこと。
従って長男の嫁が妊娠出産しないことは「石女うまづめ」と呼ばれた。ひゃ~!
「家を守る」ことがいかに重要視されていたかが伺える。

日頃息苦しさを感じるような社会的因習は江戸や明治時代に遡ることができそうだ。
文中にあったT.S.エリオットの言葉
「我々は伝統という言葉を否定的な意味でしか使うことができない」
否定することで、また「伝統」というものが出来上がっていく。否定の重なりこそ「伝統」。

和歌山に実在する紀の川のように、人生も時代も蛇行し、小さな流れを含有し、纏まった一つの流れとして最後海にそそぐ。
宮本輝さんの『流転シリーズ』のように、俯瞰した人生観、世間のようなものを感じられる1冊でした。
いや~、有吉さん生き急いだんだなあ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年1月21日
読了日 : 2022年1月20日
本棚登録日 : 2022年1月18日

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