著者の作品において、固有名詞が使われることは決して多くない。かわりに彼らに与えられるのは「役割」だ。
技師、兄、目医者、夫、執事。
それぞれがそれぞれの欠落や余剰のまえで立ち尽くす様子を、筆者は丁寧に、低い温度で、しかしながら気持ちの良い手触りで描き出す。
本書において、その法則は「翻訳家」というかたちで表在し、かつ、その法則を破るかたちで「マリ」が存在する。
愛欲は文学会において常に付きまとう永遠の題材で(それはまるで双子の兄弟のようだ、文学と愛欲。)、本書も凡そそれに則った、歪みに惹かれる少女の図と見ることもできるだろう。
しかし、読者がそれ以上に感じるのは、ひとがうまれながらにしてもつ欲望の清らかさと醜さだ。嫌悪感や恐怖から解放されたさきに、快楽があるのは世の通りである。
少女が惹かれていく様を、「ああ待って、そんなに気持ちよく落ちていかないで」と思いつつ、ほんの少しの羨望を抱くのが、ひとつの読み方なのではないだろうか。
読書状況:読み終わった
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- 感想投稿日 : 2015年5月29日
- 読了日 : 2014年12月30日
- 本棚登録日 : 2014年12月30日
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