村上春樹が小説ごとにストラクチャーを変えて執筆するイシグロの姿勢に驚嘆の意を示したのは決して村上春樹自身がイシグロとは正反対に同じストラクチャーで執筆し続けたからではないだろう。イシグロは小説の持つ偶然性の賜物に縋るのではなく、むしろ実験的に小説の技巧や種類別の特性を研究して、そこから得られるものを吟味しながら書いているのが我々が読書をしている中でも感じ取ることができる。例えば彼は「わたしを離さないで」でSFチックな世界観の中で一人の人間の成長を描き、現実離れした倫理観と私たちの心の対比を読者に実施させることに成功した。SFというのは本来読者たちとは程遠い領域で発生しているとみられるものだがイシグロは見事にそのジャンルにおいて真に私たちに語りかける物語を作り上げることに成功したのである。そのように、イシグロは研究を重ねてきたのである。だが、いずれにしてもイシグロはやはり一貫して小説を執筆する上での意志みたいなものが感じられるのである。イシグロの小説をたくさん読んだわけではないので手前味噌で申し訳ないのだが敢えて推察してみると、イシグロはもしかすると閉鎖した空間の中での人間の心情を描いているのではなかろうか。小説というものはえてして無限に広い空間を構築することができるので登場人物たちが振る舞うその舞台も大きくなりがちであるがイシグロの小説はそうではなく、むしろ一つの建物内に集約されてしまうほどの領域で物語が紡がれているのである。私は思うのだが、彼はそうすることによって人間が本来抱えている信念や意識づけを浮き彫りにしようとしたのではないだろうか。そして、それが記憶に置き換えられる時とのギャップを観察しようとしたのではないだろうか。史実と人の記憶とのギャップはいつでもあるもので、ある時は非常に理不尽なこともある。それが日の名残りでは描かれていて、私たちにその存在を再認識させてくれる。彼はそのように、ともすれば忘れてしまうようなことを思い出させてくれるのである。私はこの小説に出会えたことに感謝しつつ、その冒険の中で得られたいくつもの思い出が日の名残りのようにあり続けれ欲しいと願った
- 感想投稿日 : 2019年9月29日
- 読了日 : 2019年9月29日
- 本棚登録日 : 2019年9月29日
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