永遠の0 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2009年7月15日発売)
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5

戦争は残酷だ。
戦地へ赴く人にとっても、送り出す人にとっても、何ひとつとして良いことはない。
国家を守るために戦わなければならないことがあるかもしれない。
けれど、「特攻」という戦略はどんな時代であってもけっして許されることのない戦略だと思う。
孫の健太郎が宮部を知る人たちを訪ね、当時の宮部のようすや状況を聞く構成になっている。
それぞれの人たちが語ることによって、宮部のさまざまな顔が見えてくる。
徐々に浮き彫りになっていく宮部の人となり。
数多く語られる細かなエピソードの積み重ねが、当時のどうにもならない閉塞した空気をも伝えてくる。
強烈な印象を残したエピソードがあった。
戦死したアメリカ兵のポケットに入っていた胸をあらわにした女性の写真。
日本兵たちが写真を回し見していると、宮部が写真の裏を確かめてから静かにアメリカ兵のポケットに写真を戻す。
もっと見たい!と思ったのだろうか。戻した写真に手を伸ばそうとした日本兵に対して宮部は声を荒げる。
そして「愛する夫へ」と書かれていたと辛そうに言うのだ。
日本兵もアメリカ兵も関係なく、愛する者を本国に残し出征してきているのだ。
生きて帰ることが叶うかどうかわからない戦場で、写真1枚を胸に戦死していく若者。
戦争は、誰にたいしても本当に残酷だ。

「お前が特攻で死んだところで、戦局は変わらない。しかし・・・お前が死ねば、お前の妻の人生は大きく変わる」と諭された谷川。
そして彼は戦争を生き延びた。
ようやくたどり着いた村では、穢れたものでも見るように谷川を見、誰も近寄ってはこない。
陰で「戦犯だ」と言われ、子どもたちからは石を投げられた。
戦争中には村の英雄だった者が、戦後は一転して村の疫病神に成り果ててしまったのだ。
どんなに悔しくてもぶつける相手はどこにもいない。

第二次世界大戦の開戦。
宣戦布告の手交が遅れ、結果的に卑怯な奇襲になってしまった真珠湾攻撃。
しかし、当時の駐米大使館員の職務怠慢を責める者はひとりもおらず、戦後も誰ひとり責任を取ってはいない。
上層部が考え出した「特攻」作戦。
歴史上に残る非人間的で狂った作戦だったと思う。
国民の命をないがしろにする国家に未来はない。
国とはいったい何だろうか。「一億総玉砕」という言葉が終戦間際には使われていたらしい。
軍部は何を考え、日本にどんな未来を見ていたのだろう。

平和な時代に育ち、戦争のことを何も知らないままに机上の理論だけで特攻の人たちを「テロリスト」だと言いきるジャーナリスト・高山。
せめて、少しはその目と耳で取材をしっかりとしてから言ってほしいと思う。
当時の新聞は大々的に紙面を使い、戦争賛美への素地作りに大きな役割を果たした。
国民を煽り、ある方向へと誘導していったのは他ならぬ新聞社ではなかったのか。
当時手紙類には上官の検閲があり、遺書さえも例外ではなかった。
戦争や軍部に批判的なもの、軍人にあるまじき弱々しい内容は許されなかった。
だからこそ、遺される者への思いを行間に込めて書いたのだ。
「喜んで死ぬと書いてあるからといって、本当に喜んで死んだと思っているのか」
高山の言葉に激怒する武田はその心は高山には届かない。
「喜んで死を受け入れる気のない者が、わざわざそう書く必要はないでしょう」と切って捨てる。
思いやりのない人というよりも、想像力・共感力がないのだろう。
ほんの少しでも当時の状況をきちんと調べる気があったら、死に臨んだ人たちがどんな思いで飛び立っていったか想像してみればわかることだろうに。

組織の末端にまでくだらないヒエラルキーがあったと言われている日本軍。
その中で、いったい誰が「特攻などに行きたくない」と言えただろうか。
そもそも「特攻」のようなものが戦略として認めた時点で、軍の最高幹部たちは指揮官としての資格を失くしたのだと思う。
想像しようにもあまりにもすごすぎて想像出来ない。
もしもいま、見上げる空に敵機がいて攻撃を受けたとしたら。
そしてそれが、毎日のように続いているとしたら。
遠い昔の話ではない。
その時代を生き抜いてきた人たちが、実際にいまも生きているのだから。
真っ向から戦争反対を唱えている物語ではない。
けれど、戦争の残酷さや悲惨さは十分に伝わってくる。
そこから何を汲み取り何を感じるのか。
それは読者にまかされている。
撃墜された特攻機から回収された宮部の遺体。
その胸にあった写真を見て、故郷に残してきた家族に思いをはせるアメリカの兵士たち。
とても印象に残った場面だった。
立場の違いはあっても、どちらの兵士にも家族があり愛する人がいて、無事に帰ってくることを信じて待っている。
本当に戦争は残酷だ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 戦争小説
感想投稿日 : 2017年3月2日
読了日 : 2017年3月2日
本棚登録日 : 2017年3月2日

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