十九ばかりの育ちのいい青年が、東京の裕福な両親のもとを出奔。家出の道中、人買い手配師の男から「抗夫になると稼げるぞ」と口説かれ、銅山に向かう。足尾銅山がモデルと言われているが、「ヤマ」の暮らしと坑内労働のディテールが実に興味深い。いかつい容貌の抗夫の男たちが寝起きする飯場の長屋。時に胎内くぐりのようにしてようやく進む狭い坑内。深く深く降りてゆく暗黒の地底世界。未知の異世界を垣間見せてくれる面白さに満ちている。一種のルポルタージュを読むような面白さがある。それもそのはず、この小説、実は「聞き書き」らしい。漱石の自宅に一時期滞在していた青年が語った実体験をベースにしているという。
「虞美人草」や「草枕」と読みついで、それらの理想主義、形而上学に飽いていたこともあり、具体的なリアリズムで描かれる本作に、心地よさを感じた。
八番坑あたりの地の底で、青年は、知性と品性を備えたひとりの坑夫に出会い、お前の来るところじゃないヤマを降りろ、と諭される。男の優しさ、度量の大きさが、心に残る。
ところで、ある日、本作を、電車内でビートルズの軽快な楽曲を聴きながら読んでいた。意外としっくりきてハッとした。で、思い至った。陰鬱で不安な雲行きをイメージしつつ読んでいたが、実は意外に、のびのび軽快に描かれた小説かもしれない。
「 もう少しで地獄の三丁目だぞ 」
「 マジかよ… 」 (♪You Can‘t Do That )
…てな具合に。コミカルな青春小説としても読める気がした。
読書状況:読み終わった
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カテゴリ:
小説・文学 ( 国内・近代 )
- 感想投稿日 : 2017年2月22日
- 読了日 : 2017年2月19日
- 本棚登録日 : 2017年2月13日
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