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いろいろな時代の、個性豊かな朝ごはんがたくさん載っている。特に多いのは戦前や戦中を生きた著者たちの作品。日本が誇るザ・和食の朝ごはんが鮮やかに描かれていて、とてもお腹が減った!

p.14 色川武大『朝は朝食 夜も朝食』
イギリスでは、フレンチフライドポテトである。じゃがいもは、どうやら自慢すべきものではなくて、貧乏人の食い物の象徴であるらしい。だから、なんとなくよその国の名物であるかの如き見方をする。ちなみに、ベーコンと一緒にソテーしたものは、イギリスではジャーマンポテト。しかしドイツでは、ブラッドカルトフェル。

アメリカンスタイルのコーヒーは、薄いやつで、大きな容器で飲むが、これに対してフレンチスタイルは、濃くて、焦げ臭く、ほろ苦い。飲むと言うよりすると言う感じだ。あれは豆を入らないで、油を引いて蒸し焼きにするのだそうである。しかし、英国風とかドイツ風とか言う呼称はあまり聞かない。生クリームを落とした。ウィンナ風と言うものはあるが。

p.30 角田光代『朝食バイキング』
しかし、なぜに私が愛するのは昼食でも夕食でもおやつでもなく「朝食」バイキングなのかと考えてみて、それが自分では決してできないゲートだからだ、と気づいた。昼食なら、はたまた、夕食なら、もちろん、バイキングほどでは無いにしても、何品か用意することができる。けれど、朝は無理。ただでさえ、せわしない、朝、オムレツも焼きジャケも野球おんせんたまごも作り…と、おはよう。取り合わせた献立のぜったいのぜったいに作らない。世界がひっくり返っても作らない。だから嬉しいんじゃないか。ちなみにケーキも作れないが、私はおやつを食べないのであまり誘惑を感じないのである。

p.45 森下典子『漆黒の伝統』
今朝も我が家は、ご飯だった。炊飯器の蓋を開けたら、ふぁーっと湯気が上がり、炊き立ての匂いがした。ご飯の上で騒がしく、泡立っていたものが、さわさわさわーと音を立てて、一斉に引いていく。ふっくらしたひとつひとつが、艶やかに光って立っている。お釜の中は、まるで春の畑の土みたいに、ほこほこしていた。

p.54 佐藤昌子『卵、たまご、玉子』
母の古いノートにはこんなことも出ております。

ウエボス・アルニド、これはスペイン風の卵料理でございます。3センチ厚さのパンの中央半分までナイフで、底が抜けないように長方形に切り取り、牛乳で下半分を湿らせます。中央に小粒の卵1つを入れ、植物油の中に滑り込ませて揚げます。この時、牛乳のしめりが重みになって、このパンの船はひっくりかえりません。揚げたパンの中の半熟の卵の硬さはご自由に。ひとつまみの塩を卵の上に加えます。

朝食は1日のエネルギー源、美味しくてのかからないこの1品いかがでございましょう。びっくり卵、これは私のノートの中の1番新しいお料理で、10年位前にスペインの方から習いました。

p.56 万城目学『モーニング』
京都の喫茶店と言うのは独特である。東京や大阪とは、確かに何かが違う雰囲気が店の中にみなぎっている。その違いの1番の理由は、京都の喫茶店の多くが、戸建ての路面店を確保していると言う点にあるだろう。道路から扉1枚を開けたら、ストンといきなり別の時間の流れが始まる。「おっ」と声を上げてしまうほど、奥行きある空間が待っていることもあれば、いろとりどり鮮やかな内装が視界に押し寄せることもある。雑踏のざわめきがたった今まで周囲に流れていても、扉を閉めた途端、静かなクラシックが、小粋なフレンチポップが、ボサノバがあくまで控えめに店内に押し包む。店のテーブルでは、のんびりと、学生さんや、普段何をしているのかわからないおっちゃんおばちゃんがコーヒーカップを傾けている。この時間の緩やかさ。繁華街に立地する場合、そのほとんどがビルの1テナントとしてしか存在できない東京や、大阪の喫茶店との違いがここにある。たとえ小さな間取りなれど、我が城、我が世界にようこそと言う侮り難き気概を京都の喫茶店は持っている。本心はどうかしらぬが、あまり稼ごうと言う意欲が感じられないのも良い。

今回、京都滞在中に訪れた店は4件。いずれも自分の色をしっかりと思った、いちど行ったらどんな店だったっけ?と後々記憶がぼんやりする事は無い店ばかりだ。

「イノダコーヒー」は、午前8時半に訪れたにもかかわらず、すでにずいぶんの賑わいだった。朝からいきなり、ビーフカツサンドをいただくも、柔らかい和牛の深い味わいに惹かれ、案外いけてしまう。アイスコーヒーを注文すると、最初からミルクと砂糖を入れて持ってきてくれるのが良いのがイノダ風である。気品ある店内の雰囲気なれど、ちゃんとスポーツ新聞が置いてあるのが良い。若い女性は、いつまでも1つの店をひいきにしないが、一度居座ったおっさんは10年その店を利用する、というのが、私の喫茶店利用客論である。大学時代、京都で下宿していた頃、贔屓にしていた喫茶店に私は今も時間があったら寄る。かれこれ15年通っていることになる。もちろん、店にはスポーツ新聞が置いてある。 

一方、百万遍の「進々堂」に、スポーツ新聞は置いてない。そのかわり、この店には「知」の気配が置いてある。本当に集中して読んでいるのかどうかわからないが、京大生が難しい顔でほんとにらめっこしているのを見ると、その丸まった背中からえもいわれぬ「知」のオーラが立ち上って見える。後に人間国宝となった黒田辰秋による背もたれのない長イスは、ひょっとして、この丸まった、背中を演出することを意図していたのではないか、と勘ぐってしまうほどだ。香りの高いカレーに、熱々のパンをちぎって食すカレーパンセットをいただく。毎度の事だが、もう少し大学の時勉強すりゃよかった、と後悔する。

「進々堂」からずっと西へ、同じ今出川通りに面する「ル・プチメック」は、パン屋さんである。イートインコーナーもあるので、私は「鶏のプロヴァンス風」と「りんごのタルト・フィン」をチョイスし、別途ミルクティーを注文した。このパンがおいしかった。どうしましょう、と言う位おいしかった。近所にこんなおいしいパン屋がある西陣の皆さんは、もう幸せと言うしかない。しかも、値段が極めて安いので、学生さんがふらっと訪れ、簡単に昼食用に2つ、3つ買って帰れる。とにかく、素晴らしい。この店は新宿のマルイに入っているそうである。しかも値段は京都と同じ。これはいかねばならない。

東大寺通りの有名なかばん屋の迎えにある、「喫茶 六花」ではモーニングセットをいただく。バターの染み込んだ分厚い版の横には、たっぷりの野菜である。厨房では、大きなバジルの束を手に店員さんが動き回っている。野菜は全て自家製のものがそうだ。近頃、バジルを家で育てているからわかるのだが、なかなかあんな立派には育たない。

以前、人里離れた一軒家で、ストイックに豆を焙煎している様子をテレビで見て、「ああ、いちど飲んでみたいなあ」と思っていたオオヤコーヒ焙煎所の豆で淹れたホットを期せず飲めたことも嬉しかった。苦味のある香り高いコーヒーを飲みながら、今回訪問した4店、いずれも場所が適度に散らばっているので、今後も重宝しそうだと、その場所を頭に叩き込みつつ、「六花」とシンプルに記されたコーヒーカップをさらにおく。とりあえず、東京に戻ったら、まず1番に新宿に行き、「ル・プチメック」の味に早速再会しようと決めた。

p.173 徳岡孝夫『霧の朝のハムエッグス』
「センセ、新婚旅行どこがいいと思う?」と、私は相談されることがある。必ず「熱海にしろ」と答えることにしている。教え子は「そんなァ」と叫んで、私の案を採用しない。外国の珍しい景色をキョロキョロ見るより、2人で互いを見つめ合い、ゆっくり将来を語り合う方が、どんなに新婚旅行にふさわしいかを知らない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2023年4月14日
読了日 : 2023年4月14日
本棚登録日 : 2023年4月14日

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