モンキーズ・レインコート (新潮文庫 ク 11-1)

  • 新潮社 (1989年2月1日発売)
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感想 : 7
5

 『ロスの探偵エルヴィス・コール』との副題が付いている。今では副題は不要なくらい有名なシリーズとなってしまったが、一時は日本の出版社があまり熱心に版権への触手を伸ばさなかったことから未訳作品も残念ながら目立つ当シリーズ。

 この作家を日本で改めて紹介し、人気をかつてより増して引き寄せたのが、2019年以降翻訳出版を遂げた警察犬マギーのシリーズ『容疑者』と『約束』だった。後者はエルヴィス・コールを再び翻訳ミステリーの壇上に、見事、呼び戻した。

 ぼくも警察犬マギー・ザ・ドッグを経由して、エルヴィス・コール探偵シリーズという、ひときわ魅力的な潮流に乗った平凡な読者の一人である。だが、コール・シリーズを読みたいと思っても、『サンセット大通り』以前の過去作品は再版がなく、古書としてしか入手できないし、コールのシリーズで5作、パイクのシリーズで2作と、未読作品はそのまま埋もれたままの状態である。

 そうした不運で貴重なエルヴィス・コール作品なのだが、過去邦訳作品の中でも、まず抑えておきたいのが、シリーズのスタート作品である本書である。手元にあるのは、1989年に日本で出版された初版文庫本。今ではあまり安くは入手できないシロモノである。

 基本的には今描かれているコールとパイクの人物像は、当然ながらいささかも変わらない状態で、第一作からお目にかかることができる。コールのへらず口。パイクの寡黙さ。どちらも、まったく今と同じ状態である。

 違うのは、そう、背景となる時代や世相なのかもしれないが、彼らの生きるロスのストリートやハリウッドの界隈は基本的にはあまり変わらないようだ。フィリップ・マーローにもハリー・ボッシュにも行き会いそうなくらい、同じ街と地形が舞台なのである。ぼくの想像の中のLAは、いかにもハードボイルドが似合いそうな、お洒落と自由と犯罪の街そのままのイメージだ。

 本書でもまるで基本的な構成で描かれた、けれんのない街の風景が描かれる。映画の世界で出世したりおちぶれたりするキャラ。その周りで取り残される家族。美しい妻。育ちつつある少年。彼らをひとまとめに食い物にしようとする悪玉。男と女の複雑な感情。金と名誉への危険な急階段。

 急展開の後に待ち受ける危ういまでのバイオレンスと、まるで荒野の決闘に向かいそうなコールの正義漢ぶり。もちろんパイクの方も、彼ならではの活躍と、その思いがけない結果も、おまけとして付いてくる。

 翻訳者による巻末解説で初めて知ったのだが、作者はロバート・B・パーカーを意識しているし、それを隠そうともしていないのだそうだ。ボストンとロスではずいぶんと舞台は異なるし、スペンサーとコールとでは、会話のやり方もライフスタイルも随分と異なるように思うけれども、パイクの立ち位置は確かに、ホークに似ているかな、なんて感覚は、ぼくにはある。その辺りの類似点、相違点なども読んで楽しめるシリーズである。

 今では絶滅種に近い、私立探偵という生物を主人公とした古典的なハードボイルドのシリーズの、これはスタート作品なのだ。

 ホンモノのコクをもつストロングなカクテル。確かなキックを感じる手ごたえのあるシリーズがここから始まっていたことを、ぼくは2019年まで知らずに過ごしてしまった。明らかな失態である。

 ※さて、最後にこの作品に冠された不思議なタイトルの原典だが、何と芭蕉の俳句だそうである。

  初しぐれ 猿も小蓑をほしげなり

 ううむ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ハードボイルド
感想投稿日 : 2021年11月15日
読了日 : 2021年10月31日
本棚登録日 : 2021年11月8日

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