昨年『鷹の王』を<このミス>一位に投票したのは、大好きなこのシリーズの頂点を極める作品と感じたからのこと。しかし続く本書も、一歩も引かぬ快作であることに、ぼくは驚く。そもそも、どの作品も、高水準のエンターテインメントとして面白く読めると同時に、大自然をバックに愚かでちっぽけな人間たちのなすあらゆる悪と闘う、善良な猟区管理官、ジョー・ピケットとその家族たちへのキャラクター愛が素敵なシリーズでもある。
ジョーは、どこにでもいる地味なキャラに見えながら、恐ろしいほど堅物で、徹底した頑固者で、ワイオミングの荒野を守る仕事を愛してやまない。銃は得意ではないが、勇気と良識は人一倍持ち合わせている。家族思いで、友人思いで、優しくタフである。
妻メアリーベスを初め、二人の娘、一人の養女で構成されるジョーの家族たちの個性も明確に示され、長所も短所もそれぞれに異なるばかりか、活き活きとして血が通って見える彼女らの表情も、ジョーの家族へのいっぱいの想いや悩みについても、シリーズとしての魅力の重要な構成要素となっている。
本書は、冒頭からショッキングなバイオレンスとアクションでスタートする。武装した男たち。死体。逃亡者。危険な追跡。ジョーの情感に満ちた仕事と家族への姿勢が、酷薄な様相で彩られる血塗られた現場で、読者の心を人間の世界に繋ぎ止める。けだものの方向にではなく。そう、いつもの構成なのである。
冒険小説の復権、とぼくは本シリーズに触れる度に、この上ない喜びと共に思うことができる。すべての舞台が大自然。圧倒的な権力を持つ悪の横暴が見える中で、繰り広げられる命がけの冒険行は、次々と生じる危機と命の駆け引きのシーンが連続するたまらないページターナーぶりである。
今回、講談社文庫から創元推理文庫に版元が変更となった理由は定かではないが、永らく本シリーズの出版を続けていた講談社が、本作の前に電子書籍のみという形ながら、これまで未訳だったシリーズ第二作『逃亡者の峡谷』(原題"Savage Run")を提供してくれたのは読者としてはとても有難かった。というのも当該作で舞台となる「サヴェージ・ラン」という名の極めて危険な地形、深く抉れ渡ることが奇跡としか思えない谷に、本書でジョーは本作でふたたび向かうことになるからである。
大自然の持つ危険な要素をふんだんに使うのは今に始まったことではないが、今回はそこに新型殺人兵器や、作年のオーストラリア大火災を想起させるような大規模な山火事を盛り込むことで、さらに冒険小説の新しい時代の到来を肌にびしびしと感じさせてくれる。
雄々しく、しかも家族愛、友情、なども優しく感じさせてくれる現代のエンターテインメント。荒野のディック・フランシスと呼ばれる本シリーズのうちでも、相当にスケールアップした冒険小説の世界に生き生きと甦る、馬上の等身大ヒーロー・ジョー・ピケットんの他を寄せつけない活躍物語に新しい読者がさらに急増することをぼくは願ってやまない。
- 感想投稿日 : 2020年7月14日
- 読了日 : 2020年7月12日
- 本棚登録日 : 2020年7月14日
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