イン・ザ・プール (文春文庫 お 38-1)

著者 :
  • 文藝春秋 (2006年3月10日発売)
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本棚登録 : 24323
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「17年の沈黙破ってトンデモ精神科医・伊良部が帰ってきた」…らしい。ということで、こちらも初読みの作家・奥田英朗さんです。5つのエピソードで構成された短編集で、第1章が表題にもなっているエピソードです。

シリーズ1作目の本作発刊当時の2000年代初頭、私は○○賞受賞作には目もくれず、北方謙三、京極夏彦両巨匠の続きものの固め打ちの日々。本作には、洋楽のジャケットみたいだなとの印象を持つに止まっていました。

そして、今年の猛暑。「硝子の塔の殺人」という傑作の余韻に浸りつつ積み上がった待機本を後目に見ながら、書店で琴線に触れる一冊を渉猟していると、プールに漂う赤ん坊の涼しげなブルーの表紙が目に止まりました。

太った色白の中年男の精神科医・伊良部は、基本的にここに来るような患者には悩みを聞いても解決しないから聞かない、という身も蓋もない発言をして憚りません。これは意外と本質を突いているのではとも思わせます。

毎日来院を促し、本末転倒とも言えるような問診と、症状も聞かずに始める注射を繰り返す伊良部。患者が水泳に目覚めたと言えば、無邪気に一緒にやりたいと、医師と患者の一線を軽く超えて私生活に入り込んできます。

患者は次第に現実と妄想が混濁し焦燥に駆られ、伊良部との課外活動への抵抗感も薄れていきます。伊良部の社会規範を逸脱する行為や不安を却って煽る発言を通じて、症状の原因となっている思考が飽和状態に達します。

これによる大きな挫折感が結果的に症状の寛解に繋がるという展開が、各エピソードに共通する「型」となっています。この型は癖になります。結果オーライか計算づくか、伊良部はさながら現代の憑き物落としのようです。

傍に控える看護師・マユミも良いコントラストになっています。伊良部の言動を諌めるどころか、まったく無反応で達観ぶりが凄い。「おーい、マユミちゃん」から始まる注射の描写も読者の中毒性を高める一因でしょう。

作品全体に漂う「緩さ」と、子どものように自分本位の言動を繰り返す伊良部の姿にカタルシスを感じることで、読者に癒やしを与える効果もあるような気がします。しばらくしたら、きっと続編が読みたくなるはずです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年8月12日
読了日 : 2023年8月12日
本棚登録日 : 2023年8月12日

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コメント 2件

yukimisakeさんのコメント
2023/08/12

初めまして、先日はフォロー誠にありがとうございました!
harunorinさんの本棚が興味深いのが多く、こちらも読むか悩んでいたものでしたので参考になりました。

洋楽のジャケット、もしかすると『ニルヴァーナ』ですか?笑
僕も思ってました笑

harunorinさんのコメント
2023/08/12

yukimisakeさん、こんばんは(*´꒳`*)
メッセージありがとうございます!

私の本棚は少し偏りがあって、お恥ずかしい限りですが、お互いの刺激になれば幸いです。
洋楽のジャケット、そう!ニルヴァーナです。
長年、頭の片隅にそういう認識が残っていたみたいです。読んでみると、当たり前ですが、グランジとは何の関係もなかったですね笑

「向日葵の咲かない夏」のレビュー拝見しました。
昨年、新潮文庫・夏の100冊を制覇しよう(まったくできてませんが)という軽い気持ちで、この作品を手にしました。
私もサイコホラーもの嫌いではないです。途中、違和感をひしひしと感じながらも、まさかここまでの展開とは予想していなかったので、とても印象深い作品でした。昨年のちょうど今頃に炎天下の公園のベンチで、ゾワゾウしていたことを思い出しました。季節も良かったですね笑

今後ともよろしくお願いします。本棚とレビューを楽しみにしています。ではまた

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