デモクラシー以後 〔協調的「保護主義」の提唱〕

  • 藤原書店 (2009年6月25日発売)
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感想 : 8

フランスの家族人類学者トッドの近著。トッドはソ連の崩壊前にソ連崩壊を予言し、アメリカ経済の破綻前にアメリカの破綻を予言していた。その未来予測確率の高さから、世界的に注目されている学者である。(ソ連崩壊の根拠は、1歳児以下の幼児死亡率の高さ。日本の1歳児以下の幼児死亡率も現在高い。経済不況、官僚機構の麻痺、社会福祉、医療組織の機能低下が、社会の崩壊を招く。日本も20年後くらいには崩壊するのだろう)

この書でトッドは、ネオリベラリズム的なサルコジ政権を徹底批判する。自由主義経済の限界を説き、保護主義経済の重要性を説く。以下印象的な箇所を抜粋。

・宗教の崩壊が、イデオロギーの崩壊につながる。カトリック、プロテスタントの信仰が地域でなくなり、無宗教化が進むと、特定の党派への票の偏りもなくなる。こうして、各党から左右のイデオロギーの偏り、明確な主張がなくなっていき、どこの党も中道化、似たり寄ったりになる。

・読み書き能力の向上が、近代化の要因である。識字率があがると、社会の個人は自由に考え、発言するようになる。ここから革命が生まれる。イスラム社会のテロ活動も、近代化に特有の一時的事象に過ぎない。どこの社会も近代化の過程で一時期過激な時代があった。教育が広まり、テレビが普及すると、一旦社会の教育力が下がる。

・現代の個人は特定のイデオロギーによらない。ナルシズムが蔓延し、自己実現がはやっている。自己実現を目的とするナルシストは、社会の集団的価値の実現を重視しない。税を払うことを拒否する高額所得者は、メロヴィング朝で王に従うのを拒否した貴族に似ている。

・アテネの民主主義では、女性と奴隷が排除されていた。アメリカの民主主義でも、黒人奴隷が排除されている。排除の構造は、白人男性が黒人女性と結婚しないことにあらわれている。イギリスの民主主義は、植民地の住民を排除した。フランスの場合は、一見平等的開放的だが、貴族階級を排除している。このように民主主義は、政治参加の排除から成り立っている。

・資本主義は共産主義という強力なカウンターがあったからこそ、自己の体制を維持できた。対抗するものがなくなると、資本主義は存在理由を失い、暴走する。個人の自由が対抗した相手だった、宗教も力を弱めており、世界は無宗教者(および無宗教にきわめて近い信仰者)と一部の宗教原理主義者で構成されている。対抗すべき主義も、すがるべき神も失った現代人は、ナルシスト化と自己実現の欲望を強めているが、救いがない。

・自由主義経済は、給料の安い国と自国の労働者の対決になる。自由主義経済なら、労働者の給料は下がっていく。労働者の給料を守るには、保護主義経済が必要だ。

論点が多岐に渡り博学、かつ政治に参加しようというアンガージュマンの強い意志が感じられる。サルトルは批判されたけど、フーコーもデリダも結局は大きな観点からアンガージュマンしていた。現代政治に関わることをやめたら、人文系の知識人は学者になるんだろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 現代思想
感想投稿日 : 2010年8月23日
読了日 : 2010年8月23日
本棚登録日 : 2010年8月23日

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