ある人殺しの物語 香水 (文春文庫 シ 16-1)

  • 文藝春秋 (2003年6月10日発売)
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調べものをしていて行き当たった本を、
目的とは無関係だが面白そうだと思って購入、読了。
2019年9月、第20刷。
ドイツ人がドイツ語で描き出した
18世紀のフランスが舞台の奇想天外な物語。
雅やかなタイトルだが、
中身は相当にエグい(いい意味で)。

未婚の母から望まれずに産み落とされた男児は
ジャン=バティスト・グルヌイユという名を与えられ、
修道院などで養育された後、皮鞣し職人の見習いとなったが、
生まれながらにして類稀な嗅覚に恵まれ、
あらゆる匂いを嗅ぎ分ける能力を持っていた。
彼はパリで評判の香水屋バルディーニの弟子となり、
精油を調合し、頭の中に立ち込めていた無数の香りを
香水として世に送り出すまでになったが……。

【引用】

 p.41
  少年は空想のなかで匂いを組み合わせるすべを
  心得ており、
  現実には存在しない匂いですら
  生み出すことができたのである。
  いわばひとり当人が独習した
  厖大な匂いの語彙集といったところで、
  それでもって思いのままに
  新しい文章を綴ることができるというもの。

 p.156
  富を稼ぎ出そうとは思わない。
  ほかに生きるすべさえあれば、
  生活すらたよりたくないのである。
  自分の内面にひしめいているもの、
  それこそ地上のいかなる栄耀栄華よりも、
  はるかにすばらしいものと思えてならない。
  これを香水によって表してみたいだけだった。

言葉や絵筆でなく、香りによって
自身の内に渦巻く物語、
あるいは渇仰のイメージを現実化せんと試みた青年。
目的のためには手段を選ばず、
関わった人々をほぼ漏れなく不幸の谷に突き落とす
“蛙男”(グルヌイユとは「蛙」の意)の一代記。

華麗な調香の世界の話かと思いきや、
非常に下世話で人間臭く、ゲスい小説だったので、
ヘラヘラ笑いながら読んでしまった。
デヴィッド・マドセン『カニバリストの告白』(料理界の話)
https://booklog.jp/users/fukagawanatsumi/archives/1/4047916072
を連想したが、
こちらの方が小説としてのクオリティは
ずっと高い気がする。

訳者文庫版あとがきに曰く、
映画の中で匂いをどう表現するのか、
「やはり映像よりも、活字を通しての想像にこそふさわしい」
とあり、私もそう思った。
けれども、文章で香り/匂いを表現するのは、
味について書くことに輪をかけて難しいとも言えよう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  ドイツ語文学
感想投稿日 : 2019年11月4日
読了日 : 2019年11月4日
本棚登録日 : 2019年10月16日

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