ノーベル文学賞受賞作家の、怪奇幻想系の作品を集めた掌短編集。
親しみやすく味わい深い佳品揃い。
作者は心霊現象や神秘学に強い関心を抱いていたらしく、
それらをテーマにした小説が多く収録されている。
以下、特に心惹かれた作品について、ネタバレなしで。
■片腕
(前段の説明はなく唐突に)片腕を貸してもいいと言い出す
若い女。
語り手の男は彼女の右腕(肩から掌まで)を持ち帰り、
新鮮な驚きと喜びと後ろめたさに酔い痴れたが……。
「脚フェチ」という言葉をしばしば耳にするが、
「腕フェチ」とは(笑)。
ただ、手(主に指)からは――恐らく脚が醸し出すことはない――
繊細な感情表現や色気が漂うのは確かだと思う。
ちなみに、Wikipediaには、執筆当時、
川端には睡眠薬の服用を中断した時期の禁断症状があり、
それがシュルレアリスム的な表現に繋がったのでは……
との指摘あり。
■ちよ
祖父が千代松という男から金を借りて亡くなったため、
学生である「私」は証文の書き換えを迫られた。
親類たちのお陰で借金の問題は解決したが、千代松の娘も、
また、その後、心を惹かれた女性たちの名も皆「ちよ」
であることに因縁を感じ、
生涯「ちよ」から逃れられないのでは……
という強迫観念に怯える「私」。
その後に続く作者解題「処女作の祟り」によれば、
現実に作者を苛む「ちよ」の呪縛が原稿を書かせた由。
言霊のポゼッション/オブセッション。
偶然が必然を招き寄せる恐怖。
しかし、自らの筆力に
自身のみならず他人の運命をも左右する力があると確信して
小説を書き続けた川端は、
日本人初のノーベル文学賞受賞者となった――。
■白い満月
温泉場の別荘で療養する「私」の許へ
家事を担うために通ってくる「お夏」には
不思議な能力があった。
タイトルは幻視の力を宿すお夏の眼球の比喩。
1925年12月発表の小説で、
川端作品にはこの頃から神秘性が加味されてきたとの評あり。
■弓浦市
来客の多い五十代の作家・香住庄介宅で
三人の相客が雑談を交わしていると、新たな訪問者が。
若く見えるが50歳前後と思しい、品のいい女性が
三十年ぶりに再会出来たと言って喜びを露わにする。
だが、香住には彼女も、彼女の郷里である「弓浦市」も記憶になく、
一方的に思い出話に興じる彼女を見て首を傾げる。
時代を超えた普遍的な、
誰の身にも降りかかる可能性のありそうな不気味な話。
一方には一笑に付すべき妄想でも、
他方にとっては紛れもない現実らしく、
前者が次第に
「むしろ自分の記憶が、頭がどうかしているのでは……」
と思い始めるところが恐ろしいが、
「あちら」と「こちら」の連絡口は
どこに開いているのだろうか。
■地獄
雲仙のホテルに滞在する西寺を訪(おとな)う、
七年前に死んだ村野(=語り手)。
死者と生者の、愛と死と温泉を巡る対話。
タイトルは
「温泉地で絶えず煙や湯気が立ち、熱湯の噴き出ているところ」
を指す。
確かに、寺社と結び付きがなくても、
噴泉のある場所には
この世とあの世の朦朧とした境目のような雰囲気がある。
■離合
中学教諭・福島を、娘・久子の婚約者・長雄が
迎えにやって来て挨拶する。
娘の人を見る目に安心し、誇らしくも思いつつ、
福島は長雄と共に上京し、久子の部屋に泊まる。
久子は結婚に当たって、
別れた母=福島の元妻の明子を招き、
両親揃って祝福してほしいと言って連絡を取る。
久子が出勤し、
ぼんやり過ごす福島の許へ明子が現れたが……。
互いを尊重し、大切に想い合う父と娘の姿と平行して、
憎むほどではなかったが別れないわけにいかなかった
夫婦の経緯が語られ、切ない結末に。
人の優しさが丁寧に描かれていながら、
どこかひんやりしたタッチはまるで久生十蘭作品のよう。
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- 感想投稿日 : 2019年6月17日
- 読了日 : 2019年6月17日
- 本棚登録日 : 2018年2月21日
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