川端康成集: 片腕 (ちくま文庫 ふ 36-1 文豪怪談傑作選)

著者 :
制作 : 東雅夫 
  • 筑摩書房 (2006年7月1日発売)
3.81
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本棚登録 : 383
感想 : 29
4

ノーベル文学賞受賞作家の、怪奇幻想系の作品を集めた掌短編集。
親しみやすく味わい深い佳品揃い。
作者は心霊現象や神秘学に強い関心を抱いていたらしく、
それらをテーマにした小説が多く収録されている。

以下、特に心惹かれた作品について、ネタバレなしで。

■片腕
 (前段の説明はなく唐突に)片腕を貸してもいいと言い出す
 若い女。
 語り手の男は彼女の右腕(肩から掌まで)を持ち帰り、
 新鮮な驚きと喜びと後ろめたさに酔い痴れたが……。
 「脚フェチ」という言葉をしばしば耳にするが、
 「腕フェチ」とは(笑)。
 ただ、手(主に指)からは――恐らく脚が醸し出すことはない――
 繊細な感情表現や色気が漂うのは確かだと思う。
 ちなみに、Wikipediaには、執筆当時、
 川端には睡眠薬の服用を中断した時期の禁断症状があり、
 それがシュルレアリスム的な表現に繋がったのでは……
 との指摘あり。

■ちよ
 祖父が千代松という男から金を借りて亡くなったため、
 学生である「私」は証文の書き換えを迫られた。
 親類たちのお陰で借金の問題は解決したが、千代松の娘も、
 また、その後、心を惹かれた女性たちの名も皆「ちよ」
 であることに因縁を感じ、
 生涯「ちよ」から逃れられないのでは……
 という強迫観念に怯える「私」。
 その後に続く作者解題「処女作の祟り」によれば、
 現実に作者を苛む「ちよ」の呪縛が原稿を書かせた由。
 言霊のポゼッション/オブセッション。
 偶然が必然を招き寄せる恐怖。
 しかし、自らの筆力に
 自身のみならず他人の運命をも左右する力があると確信して
 小説を書き続けた川端は、
 日本人初のノーベル文学賞受賞者となった――。

■白い満月
 温泉場の別荘で療養する「私」の許へ
 家事を担うために通ってくる「お夏」には
 不思議な能力があった。
 タイトルは幻視の力を宿すお夏の眼球の比喩。
 1925年12月発表の小説で、
 川端作品にはこの頃から神秘性が加味されてきたとの評あり。

■弓浦市
 来客の多い五十代の作家・香住庄介宅で
 三人の相客が雑談を交わしていると、新たな訪問者が。
 若く見えるが50歳前後と思しい、品のいい女性が
 三十年ぶりに再会出来たと言って喜びを露わにする。
 だが、香住には彼女も、彼女の郷里である「弓浦市」も記憶になく、
 一方的に思い出話に興じる彼女を見て首を傾げる。
 時代を超えた普遍的な、
 誰の身にも降りかかる可能性のありそうな不気味な話。
 一方には一笑に付すべき妄想でも、
 他方にとっては紛れもない現実らしく、
 前者が次第に
 「むしろ自分の記憶が、頭がどうかしているのでは……」
 と思い始めるところが恐ろしいが、
 「あちら」と「こちら」の連絡口は
 どこに開いているのだろうか。

■地獄
 雲仙のホテルに滞在する西寺を訪(おとな)う、
 七年前に死んだ村野(=語り手)。
 死者と生者の、愛と死と温泉を巡る対話。
 タイトルは
 「温泉地で絶えず煙や湯気が立ち、熱湯の噴き出ているところ」
 を指す。
 確かに、寺社と結び付きがなくても、
 噴泉のある場所には
 この世とあの世の朦朧とした境目のような雰囲気がある。

■離合
 中学教諭・福島を、娘・久子の婚約者・長雄が
 迎えにやって来て挨拶する。
 娘の人を見る目に安心し、誇らしくも思いつつ、
 福島は長雄と共に上京し、久子の部屋に泊まる。
 久子は結婚に当たって、
 別れた母=福島の元妻の明子を招き、
 両親揃って祝福してほしいと言って連絡を取る。
 久子が出勤し、
 ぼんやり過ごす福島の許へ明子が現れたが……。
 互いを尊重し、大切に想い合う父と娘の姿と平行して、
 憎むほどではなかったが別れないわけにいかなかった
 夫婦の経緯が語られ、切ない結末に。
 人の優しさが丁寧に描かれていながら、
 どこかひんやりしたタッチはまるで久生十蘭作品のよう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  幻想文学
感想投稿日 : 2019年6月17日
読了日 : 2019年6月17日
本棚登録日 : 2018年2月21日

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コメント 2件

淳水堂さんのコメント
2022/11/26

深川夏眠さんこんにちは。

川端康成の「片腕」とても好きです。
主人公の帰り道の濃霧とか、ラジオとか、このまとわりつくような妖しさ!
川端康成を読む前は、ノーベル文学賞とったり試験に出たり、お堅い作家かと思ったら、この素晴らしさ。
こちらの短編集読んでみます!

深川夏眠さんのコメント
2022/11/26

わぁ、いらっしゃいませ、コメントありがとうございます。
世界に名を馳せた文豪……だけども、
この作品集だけを読むと「結構ヘンなヒト」
という印象を受けますね。
自伝的小説とされる「少年」の抜粋版を読みましたが、
これも何だか……何だかなぁ、と(笑)。
https://booklog.jp/users/fukagawanatsumi/archives/1/4582769179

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