マグロ漁船に乗り遥か南方の洋上にいる息子・彰之に送られた母・晴子からの長大な手紙。
手紙の中で語られたのは、本郷の下宿屋で生まれた少女・晴子が数奇な縁に導かれ青森・野辺地の旧家の嫁となり、今、亡くなった夫を見送るまでの人生と彰之の出生の秘密。手紙の文面を諳んじるほどに読み返した彰之が反芻する母の人生と自らの来し方、行く末、そして母への複雑な思い……
昭和という時代を強くしなやかに生きた晴子と、彼女を取り巻く男たち。そして12歳で家を出、母に強く反発しながらも、心の底では母を強く求めてやまない彰之。
野辺地の由緒ある商家であり、政治家の家でもある「福澤の男子」のどうしようもない淫蕩さ。その福澤の軛から逃れようと藻搔く者たち。
強く、清々しく魅力的な晴子を中心に、彼女に関わったすべての人を生き生きと描く物語は、さながら複雑なメロディーが次々に浮かんでは消えていく壮大な交響詩のよう。
鰊漁、北転船、ジャン・クリストフ、フラクタル図形、イカの三半規管、嵐が丘、マルクス主義、愚連隊、学生運動、三島由紀夫、アンナ・カレーニナ・・・・・・話はあちらにもこちらにも飛び、知らないことを調べて「ほほ~」と感心したり、読みたい本が増えたり、じっくりと10日間かけて読書の醍醐味を味わい尽くしました。
圧巻だったのは北転船でのトロール漁の描写。
網を上げると押し寄せてくる夥しいスケソウ、飛び散る鱗が顔にも身体にも張り付き、裂けた内臓から漂う血の匂い・・・・・・冷たいカムチャツカの洋上で凍えながら、自分が魚を船内の魚槽に押し込んでいるかのような臨場感。船酔いしそうになりながら乗り切りました。
阪神淡路大震災で人生観が変わるほどの転機を迎え、髙村さんが自分が本当に書きたかった物語を書いたというこの作品は、母と子の物語。
ラストで、彰之が畑に植えた苗を見ながら晴子が感じた歓喜、家に寄り付かない息子へのそれでも深い母の思いには胸が熱くなり泣きそうでした。
三部作2作目は「新リア王」。
今度は父と子の物語、とても楽しみ。
- 感想投稿日 : 2020年4月25日
- 読了日 : 2020年4月25日
- 本棚登録日 : 2020年4月25日
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