殺人事件もトリックも一切出てこないが、本作品はまさに島田荘司の描く“ミステリ”。 写楽という迷宮に足を踏み入れるまでの部分に多少の強引さを感じるものの、いったん探求が始まるや否や、怒涛の如く溢れ出る手掛かりに呑み込まれ、底なし沼のような歴史の狭間に深く入り込んでしまった。
既出の説を真っ向から否定するのではなく、いろいろな角度からの可能性を考え、充分な考慮を経て消去していく手法をとっている。不確定な手掛かりからの推理とは違い、現存する史料や史実を踏まえ、外堀からじわじわと核心に迫っていくプロセスは、この作家の本格に対するスタンスをそのままなぞっており、実に論理的で無駄がない。
キャラの役割も合理的で、主人公の仮説に肯定する者と否定する者を設定することで、偏った解釈にならないよう慎重に展開していく細やかさも見て取れる。
もちろんこの作者のことだから、在り来たりの真相を読者に突き付けるわけがない。確かに誰も唱えなかった正体だが、それまでの構成が見事なので特に突飛な印象は受けなかった。「謎」とそれに対する「答え」、この合致の鮮明さにはつくづく納得させられた。
現代パートの未完成さは多少気になるところだが、近年読んだ歴史ミステリの中ではダントツの面白さ。なので、やや甘の満点評価。
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至福のひととき
- 感想投稿日 : 2010年7月27日
- 本棚登録日 : 2010年7月27日
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