元元『君は一流の刑事になれ』といふ書物を、加筆訂正改題の上、新潮文庫から再発売されたものであります。
著者は第62代捜査第一課長を務めた、久保正行氏。30年以上に亘り「花の捜一」で活躍した人であります。それだけに捜査一課での勤務を大いに誇りに感じ、背広の襟に燦然と輝く「S1S」バッヂに恥ぢぬ、刑事魂を持ち合はせる人物と存じます。なほ、S1Sとは、Sousa(Search)1Select=選ばれし捜査一課員といふ意味ださうです。
元の題から分かるやうに、刑事を目指す若い人たちを主な読者に想定してゐます。ゆゑに、自ら体験した事件の数々を紹介するに当り、まづは失敗例から取り上げてゐるのです。色々と手柄話もあるでせうが、そして自慢話もしたいところでせうが、何よりも後輩たちの教訓となる例を開陳するのであります。中中好感の持てる姿勢。
例へば、高知での資産家殺人事件。結果的にホシに自殺され、被害者の遺体も発見できぬまま終つてしまつた事件があつたさうです。逮捕状のゴーサインが出ないのを見越したホシにさんざん愚弄されながら、腰の重い検事を説得することができなかつたのが第一の反省点。
そして、高知県警からホシに関はる情報を得てゐながら、年末の事件といふこともあり、年末警戒に人を割いたり、別の捜査本部に捜査陣を分散したりして、突込んだ捜査をしてゐなかつたことなど。
捜査に「もしも」「たられば」は厳禁。必ずホシは検挙しなければいけないと著者は強調します。失敗には必ずその原因があり、いかなる些細なことでも検証しなければいけないのですね。
少しでも捜査に手抜きや妥協があれば、著者のいふ「まさかの坂」を転がり落ちてゆくのでせう。考へ得るすべての可能性を潰していかねばならないのですが、先入感からこの「まさかの坂」に落ちるのださうです。
他にも、DNA鑑定を活用した化学捜査や、立てこもりや誘拐事件などリアルタイムで進行する事件などの実例を挙げ、いかにして解決・検挙へ繋げたかを語ります。結果的にホシを検挙しても、必ず反省点や教訓はあるものです。常にさういふことを意識する著者だからこそ、後に続く若い刑事たちへの提言も説得力を持つのでせう。
最終章では「刑事を目指す若者たちへの道しるべ」と題して、「まずマネから始めよ」「捜査力はヤカン酒のごとし(ヤカン酒を温めるには、弱火からじつくり手間をかけて温めなければいけない、手順を端折ると失敗する)」「ひらめきの源は健全な心と体」「撒かぬ種は生えぬ」など、実体験に基づいた含蓄ある言葉が並びます。
説教臭くなく、素直に心に入る一冊と申せませう。刑事のみならず、あらゆる道に通じる教訓が詰まつてゐますよ。
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- 感想投稿日 : 2016年1月24日
- 読了日 : 2016年1月24日
- 本棚登録日 : 2016年1月24日
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