模倣犯(四) (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2005年12月22日発売)
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感想 : 357
5

文庫全5巻からなる大部の作品、三部構成の第三部、いよいよクライマックスが見えてきました。

以下にネタバレがあるので、またいらんことを書いて間隔を空けておきます。

大切にしているつもりなのですが、なぜか本が散逸してしまいます。引越しのときも一冊も捨てなかったはずなのに(本だけをまとめてダンボールを一つ作ると重すぎて持てないし底が抜けるしといいことがないので、文庫本程度ならほかの荷物の隙間に突っ込みまくるのが正解というノウハウを身に着けるほどに本は捨てていません)
そもそもブクログで蔵書リストを作るまでは現物と対照すべき台帳がなかったのですから、「あるはずのものがない」ことには気付きにくいはずです。でも、あんなに貪るように読んだはずの星新一や小松左京や筒井康孝や北村薫や小野不由美や矢口孝雄や手塚治が見当たらなくなっていたり、全巻揃っていたはずのグイン・サーガが歯抜けになっていたりするのをみると、所持していたはずなのにいつの間にか見当たらなくなった本がある事実を認めざるを得ません。

記憶違いでそもそも所有していなかったのか、見当たらなくなった本ばかりが詰まったダンボールがどこかで埃を被っているのか、原因ははっきりわかりませんが、でも理由の一つに借りパクがあるのは間違いありません。

本の貸し借りをする(というか、借りることはあまりなく、布教の為に貸し出すことが多いのですが)相手ってそれほど多くなく、読むものの趣味も似通っているのであまり血眼になって返却を迫ることもなく、なんとなくそのままになってしまっているのですが、ふと思い立って仕返しをしてやろうと思ったことがあります。

そのときは、『すごく面白い』と焚きつけた上で、この「模倣犯」の1巻~4巻を貸してやりました。
思惑どおり、借りパク犯は5巻だけ購入せざるを得なかったようです。もちろん、貸した4冊は無事回収しました。ささやかな復讐で宮部みゆきの売り上げもアップ。

閑話休題。


善VS悪のバトルは、有馬義男VS犯人グループ、カズVSヒロミを経て、やっと前畑滋子VSピースの最終決戦に至りました。

三度繰り返された対決構造ですが、ラストバトルにはこれまでと大きく違う点があります。善代表のはずの前畑滋子は、有馬義男、高井和明が備えている、このお話のヒーローとしての要点2つ、地に足が着いた仕事をしている大人であることを満たしていないのです。
第三部では前畑滋子本人がこのことを感じ、引け目に思っている描写が繰り返し出てきます。

1巻から5巻までを通じて、劇場型犯罪に熱狂するマスコミ、そのマスコミを利用して自己実現を図る犯人グループ、メディアスクラムに押し潰される由美子、そして自分の家の近所で起きている事件であっても、それをテレビ画面で見て初めてリアリティを感じる世間といった、最近の言葉で言えば「マスゴミ」にまつわるよくないあれやこれやがありとあらゆるところに散りばめられており、15年近く経っても基本的な構図が変わらないことに改めて嘆息します。最近はインターネットやSNSがマスコミの独裁に楔を打ち込み、ヒビを入れつつあるとは思いますが、今度はネットの弊害が目立ち始めているのはご承知のとおりです。

前畑滋子はカズとヒロミの犯行のルポルタージュを書くことで、そのマスコミに自分の席を得ようとしています。しかしそれが本当に自分が望んだことなのか、彼女は常に自問自答を繰り返しています。特に、有馬義男が虚業であるマスコミを見つめる視線を感じたとき、ピースがマスコミを利用していることを感じるとき、そして、有馬義男と同じ側にいる、彼女の夫である前畑昭二の、マスコミに前畑滋子が席を得ることに対する感想――書いたものを読んで業績を評価しているのではなく、ただ単に自慢したいだけ――を見るにつけ、悩みは深くなるようです。

宮部みゆきの本を読んでいて、前畑滋子のような女性キャラは珍しいのではないかと思いました。作者の描く女性キャラは勝ち気で活発なタイプが多く、作者(または、作者の憧れ)の自己投影なのではないかと思っていました。このタイプは読者にとっても好感度は高く、感情移入しやすいためか、悲劇性を際立たせるために被害者役を割り振られることもしばしばあります。本書で言えば古川鞠子がまさにそのタイプですし、水野久美も、登場は5巻になりますが武上刑事の娘法子も同じタイプ。
もう一人、高井由美子も珍しいタイプです。大川公園で樋口めぐみと対峙していたときに見せた行動力、決断力から上記のヒロインタイプのように思えましたが、メディアスクラムと「世間」に押し潰された彼女からは、その資質は失われ、完全にピースに依存してしまいます。
こういった人物造形を読んで、このあたりの作品からは初期の作品と一線を画するようになったのだなと思います。もはや必死に自分の席を確保しようとする必要はないものの、その立場に安住してはならない、虚業かもしれないのだから――前畑滋子のキャラクターにそんなことを自らに言い聞かせている宮部みゆきを思い浮かべるのは深読みのしすぎですね。

そして、この巻では読者は真犯人Xたるピースの行動に大きなストレスを感じます。ホラー小説にも通じますが、「志村ー、うしろうしろ!」のあれです。読者のみが彼の正体を知っていて、高井由美子がまさに彼の毒牙にかかりつつあるのを、読者としては黙って見ているしかないのです(当たり前ですけれど)。

ピースは脚本家・演出家でいることに飽き足らず、自ら舞台の上に上がってしまいました。この巻では、真犯人がそんなことをするとは誰も考えず、一躍時の人となったピースは悠々捜査圏外に逃れてしまいそうなのですが…。
最初に気づいたのは「建築家」でした。
塚田真一も、前畑滋子も、反感という形ながらピースのペルソナの下に隠されているものに気付きつつあります。


相変わらず「模倣犯」の意味を思い出せないまま、5巻に突入です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 宮部みゆき
感想投稿日 : 2019年8月26日
読了日 : 2019年8月26日
本棚登録日 : 2006年1月26日

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