聖母の贈り物 (短篇小説の快楽)

  • 国書刊行会 (2007年2月1日発売)
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感想 : 28
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 いつか国書刊行会の出す、はんぱねえ分厚めの海外小説を読んで見たいと思っていたけれども、ついに叶いました。
 現代最高の短編作家で、ノーベル文学賞の候補者とのことです。
 女性を主人公としていて、不自然さがまったくないことや、いろいろな視点が入っているのに、それが気にならないことが、読書会であげられてました。
 読んでいて、私が一番思ったのが信仰の問題でした。すべて宗教がらみの「信仰小説」だと思いました。信じていたものに裏切られることこそ、信仰である、と述べているようでした。トリッジにおける、大人たちの嘘話と同性愛。こわれた家庭の、欠損家庭の児童にめちゃめちゃにされることと二人の息子が戦死した老女。「失ったのはしょうがない、でもよくしていこうよ。よくしていくってのは悪いことじゃないよな?」という信仰心への懐疑。アイルランド便りの、ジャガイモと飢餓と人肉問題。聖母の贈り物における、神に見放されることが、神的なことであるという矛盾。マリアの処女懐胎に対して、マリア自身が感じた「処女懐胎という信じられない、ある意味信仰をやめたくなること、裏切りゆえに、しなければならない信仰」というのがこの短編にあるように思う。丘を耕す独り身の男たちやイエスタデイの恋人たちは結婚と貧困をテーマにリアリズムを描いているように思うし、マティルダのイングランドは、重厚な戦争文学だ。みな、戦争が終わり、次へと進もうとするなか、その「次へ進もう」は、人を人としてではなく「物」のように捉えているのと同じではないかという問題を描き出しているように思った。マティルダが、パーティーをぶちこわすのも、冷酷であるのも、神様だのなんだの言って人間を物にしてしまう者への、人間としての「抵抗」のように思える。
 それから、この本の表紙が良い。見るかぎり、金属のように思えるのだが、全く別の素材で出来ている。しかも、この聖母、笑っているのかどうか、微妙である。この、神の微妙さ、も本書で重要な所を占めているように思える。
 イーユン・リーいわく「カトリックが主流のアイルランドでプロテスタント系の家庭に生まれ、のちに故郷を離れてイングランドで暮らすようになったトレヴァーは、本人の言によれば、常に周縁で生きてきた。このように故国からは地理的な距離があり、なおかつイングランドからは外国人として距離があったからこそ、第三者の目で国や人々を見つめることができたのである。」とのことで、プロテスタントであるアングロアイリッシュの没落と、カトリックアイルランドの勃興を彼は見つめてきており、おそらく、カトリックへの厳しい視線があるように思う。
 本当に充実した、重い一冊だった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 海外小説
感想投稿日 : 2014年11月10日
読了日 : 2014年11月10日
本棚登録日 : 2014年11月3日

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