未来のイヴ (創元ライブラリ) (創元ライブラリ L ウ 1-1)

  • 東京創元社 (1996年5月25日発売)
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完璧な美貌を体現したはずのアリシヤは、認めがたい醜い人間性を持っている。それゆえ、恋人のエワルドはその魂がなくなってしまえばいいのにと願う。するとそこへ魔法使いエディソンがやってきて、願いを叶えてしんぜようという。そして願いは叶う。エワルドは<本来こうあるべきはずだったアリシヤ>を手に入れる。


 *


中盤で読者は、エディソンの長口上に対する疲労感をエワルドと一緒に味わうことになる。なぜなら、それは極めて「実証的」で、どこにも「魂」や人間的なものが見いだせないように思われるからだ。


そもそもエワルドの願いとは、<人間アリシヤ>がその魂を入れ替えてくれたら、人間でありながら奇形的な美しさをもつという類まれなる事態、奇跡を自らの手に入れられるのに、ということである(それが叶わないから死のう、というわけ)。

それに対してエディソンが提案するのは、人間アリシヤの更生(=魂の入れ替え)ではなく、むしろ肉体のほうの交換であり、すなわち人造人間の創造であり、そこに理想通りの魂を入れてしんぜようというものなのだ。


当然エワルドの願いは、人間アリシヤの更生であって、血の通わないアリシヤそっくりの人形を手に入れることではない。そんなのは自分の願いを叶えることにはならないだろう、とエワルドの疑いはなかなか晴れない(恐らく最後の絶望の瞬間まで)。

しかし、エディソンは問題を巧みに入れ替える。あなたがアリシヤに感じとっている美、そしてそこから望んでいる理想的な魂というのは、すべてアリシヤの外見的特徴から再現可能であるのだから、外見的特徴を完全に備えた人形を作れば、あなたはおのずからそこに理想の魂を見出すことができるでしょう、とこういうわけだ。


エディソンの再三にわたる詳細な説明にもエワルドは半信半疑である。よもやそんな完璧なものはできまいと思い、ハダリーになんらかの思いを感じながらも、最後の最後まで、人間に人間を作れるわけがない(=人間アリシヤに代わるものなど作れっこない)と信じている。

そして、この懐疑はエワルドを介してはいるものの、読者自身の懐疑でもある。読者はエワルドと一緒にエディソンの解説に興ざめしながら、やっぱり人造人間なんてできませんでしたとなるんじゃないのかと不信な思いを払しょくできない。
できるというが、できるわけがない。という葛藤。


では、どうすればその不信を払いのけられるのか。
リラダンの与える解答は極めてシンプル。すなわち実際に完璧な人造人間を作りおおせること(=騙しおおせること)によってである。


エワルドの最後の絶望は、いったんは、人間アリシヤはやはり存在しなかった、自分の感じたアリシヤに対する深い愛情を肯定する材料は、すべて幻であったのだという思いから来ている。
だが次の瞬間、エワルドの思いは反転する。エワルドが求めていたのは、むしろ最初から幻だったのであって、人間のアリシヤなどではなかったのではないか。アリシヤという名の元に求めていたのは理想体、肉体と魂の完璧なる調和だったのではないか。
まんまとエディソンにしてやられるというわけだ。


 *


ここでリラダンは、ひとつの理想のあり様を描いていると言える。

完璧なものがあれば、それは必ずや理想を現実化できるはずだ、という希望。
それがどのように達成されるかということにはお構いなしだ。もし達成されるなら、そこにあるのは理想通りものもであるという、一つの思考実験を、リラダンはエディソンを通じて行った。

完璧な美というものが完全なる人工的な美と限りなく近づくということ。
言い換えると、人間には完璧な調和などというものは出来ぬ相談で、あり得ないのだということ。
人間における奇跡を求めながら、人間に似せたものでしか奇跡を起こせないのだという矛盾。


リラダンは、このあり得ぬものを、最終的に消去してしまう。ハダリーという完璧な恋人は、まさにその最初の存在通り、幻想の彼方に消える。

魂とは、そもそもの最初から愛する肉体に見出す幻想であり、私たち自身が他者に求める理想的な思想のことだ。

完璧に再現された肉体によって、エディソンは人間ならざるものを、人間と同じか、それ以上の崇高な存在として認めさせることに成功した。魔法使いエディソンの腕前をご覧あれ、といったところ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: novel
感想投稿日 : 2011年8月22日
読了日 : 2011年4月4日
本棚登録日 : 2011年4月4日

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コメント 1件

猫丸(nyancomaru)さんのコメント
2013/06/18

「奇跡を起こせないのだという矛盾。」
だから、人形好きのバイブルに成り得たのかも。。。

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