最後のレストラン 1巻 (バンチコミックス)

著者 :
  • 新潮社 (2011年12月9日発売)
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感想 : 14
5

「ファンタジー・グルメ」マンガの決定版

ここ数年、マンガやライトノベルの世界で、「ファンタジー・グルメもの」とでも言うべきジャンルが流行っています。即座に思い浮かぶのが、ファンタジー世界のモンスターを料理する『ダンジョン飯』でしょうが、他にも、現代の日本人が異世界に食堂や居酒屋を開店するとか、戦国時代にタイムスリップして料理を作るとかいった話がいっぱいあって、中にはヒットしてドラマやアニメになっているものも何作もあります。現代を舞台にした普通のグルメマンガのパターンがやりつくされて、異世界やタイムスリップに活路を求めるしかなくなってるのかな……という気もするんですが。
 そんな「ファンタジー・グルメもの」のマンガの中でも、僕がいちばん好きなのが、藤栄道彦『最後のレストラン』。
 実はこのマンガ、2016年にNHKでドラマ化されたことがあるんですが……いやあ、原作ファンにとってはかなり微妙な代物でして(笑)、ぜんぜん話題にならなかったんですよね。ですからここであらためて原作の魅力をご紹介したいと思います。

 舞台はあまり繁盛していないフレンチレストラン「ヘブンズドア」。オーナー兼シェフの園場凌(そのば・しのぐ)は、プライドがないうえにマイナス思考のかたまりのダメな男。どんな状況でも常に悪い方向に考えてしまうし、絶望のあまり自殺を考えたりもする。でも、シェフとしての腕は一流なんです。
 その「ヘブンズドア」に毎回、過去の偉人が──それも死の直前の偉人がタイムスリップしてきて、園場にリクエストを出します。織田信長なら「どこの誰も食べたことのない空前絶後の料理」、カエサルなら「伝説になるような一皿」、ジャンヌ・ダルクは「奇跡の一皿」、クレオパトラは「真珠の値打ちに見合う料理」、サルバトール・ダリは「ダリを表現した一皿」……どれも無理難題です。
 園場は毎回、悩んだり愚痴ったりしながらも、現代の料理の知識や機転を駆使して、彼らのリクエストに応える料理をお出しします。それを食べた偉人たちは満足して元の時代に帰っていき──そこで死を迎えるのです。

 さて、想像してみてください。このマンガを描くためには、毎回、どれほど高いハードルを超えなくちゃいけないのか。
 歴史上の人物についての知識が必要なのはもちろんですが、彼らがどんなものを食べていたのか、どんな料理を好むのかを考え、さらにどんな料理を出せば彼らを満足させられるかを考えなくちゃいけないんですよ? 僕だったら「そんな面倒臭い話、考えたくない!」って投げ出してますよ(笑)。
 でも、作者は毎回さらりと(でもないんでしょうけど)その難問を解いていくんです。この手並みには、いつも感心させられます。

 偉人の中には過去に帰らない人も何人かいます。特にジャンヌ・ダルクは「ヘブンズドア」にいついてしまい、ウェイトレスとして働くようになります。かわいい女の子なんだけど、ものすごく厄介な性格です(笑)。
 最初のうち、タイムスリップは「ヘブンズドア」の店内でだけ起きていたのですが、そのうち、園場が外出中に、店の外でも起きるようになります。中でもすごかったのは、夏休みに海に行った時。なんと沖縄に向かう途中の戦艦大和とその乗員が全員、タイムスリップしてくるんです!

 歴史を扱うマンガだからといって、難しくはありません。むしろギャグが満載で、楽しく笑いながら読めます。ヒトラーが「チキショー──めえ!」と言ってペンを投げつけたり、関羽に出会った園場が「ゲエッ」と驚いたり、ラスプーチンが変態仮面になったり、いろんなパロディが満載です。
 中でもおかしかったのがサルバドール・ダリ。火事で死にかけて「天才のこの私がなぜぇ!」「うわ」「らば」と叫んだり、ドオオンと涙を流したり、「ピカソ、ピカソ、どいつもこいつもピカソ! なぜ奴を認めてこのダリを認めなぁ~い!」とか「媚びろ~! 媚びろ~! 私は天才だフハハハハ」とか言ったりします。もう完全に『北斗の拳』のアミバです。作者さん、絶対ローディスト(『ファンロード』の愛読者)ですよね!

 もちろん、ふざけてばかりじゃありません。人の死を扱うマンガだから、やはり泣ける話が多いです。個人的には、関羽や忠犬ハチ公、アナスタシアあたりの話で泣けましたね。特に彼らがどんな最期を遂げたか知ってるとね……。
 やってくるのはいい人ばかりじゃありません。悪人だって来ます。ヒトラーやラスプーチンもそうですが、ビリー・ザ・キッド、ボニーとクライド、切り裂きジャックとかも来ます。みんな園場の料理を食べて、過去に戻り、そこで殺されるんです。
 中でも秀逸だったのはヒトラー。「“幸福”を知る一皿」を注文した彼は、園場の料理を食べ、「幸せとは逃げ水のようなもの」と思い知らされます。そして、失意のうちにベルリン陥落直前の日に戻っていきます。
 ジャンヌ・ダルクはそれより前の時代の人ですから、当然、ヒトラーの悪名を知りません。ヒトラーが去ったあと、彼女は言います。「あの方は本当に前田さんの言うような悪い方なのですか? ジャンヌには、ただの疲れた老人にしか見えませんでしたわ」と。
 それに対して園場はこう言います。

> 「そうですよ。恐ろしいことをするのはなにも特別な人間じゃありません。
>  笑い・泣き・怒り……普通の心を持った普通の人たちがやるんです。
>  それじゃ困るので人間社会ではああいう人達は特別な人にされます。その事に気付かない限り、何回でも同じ事が繰り返されるでしょうね」

 フィクションの世界では、ヒトラーは恐ろしい力を持った魔人だったかのように描かれることが多いです。でも、あんなことをやらかした人物でさえ「普通の心を持った普通の人」と言い切ったこのマンガの方が、僕ははるかにリアルだと思うんですよね。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未来にも残すべシ
感想投稿日 : 2023年10月28日
読了日 : 2017年8月10日
本棚登録日 : 2023年10月28日

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