本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1995年8月30日発売)
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感想 : 362
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1.著者;宮部さんは、OL→法律事務所等勤務を経て小説家。23歳の時に、ワープロ購入をキッカケに本格的に小説を書き始めたそうです。サスペンス・ホラー・コメディータッチ小説の他に、時代小説を執筆。“10年に一人の逸材”と高く評価されています。「我らが隣人の犯罪」でデビュー。「理由」で直木賞、「火車」で山本周五郎賞、「名もなき毒」で吉川英治文学賞受賞。他の受賞を始め作品多数。
2.本書;本所深川に伝わるという七不思議を題材にした短編小説。不思議と言いながら、本所一帯を預かる岡っ引き(茂七)が関わった事件を、ミステリー仕立てにした作品。(第一話)片葉の芦~「(第七話)消えずの行灯。解説より、「本書は巧妙で卓抜な物語構成、人生の真実を示す深い洞察力等、優れた時代小説の片鱗を見せる作品。山本周五郎や藤沢周平に並ぶ出来だ」。
3.個別感想(印象的な記述を3点絞り込み、感想を付記);
(1)『(第一話)片葉の芦』より、「藤兵衛おとっつぁんは、そういうやり方(“人から恵みを受けて生きる事を覚えちゃいけない”と、ある時払いの金を貸した)をするお人でした。商いも、生きていく事も、本当に厳しい事だって。だからこそ、人に恵んで貰って生きる事をしちゃいけねえって。“恵む事”と“助ける事”は違う。恵んだら、恵んだ者は良い気持ちかもしれないけれど、恵まれた方を駄目にするって」
●感想⇒“恵む事”と“助ける事”に関する経験談です。祖父曰く、「お貰いさんにお金をあげる時にはよく考えなさい。誰にでも恵むのではなくて、不自由な人だけしなさい。五体満足な人にお金をあげると、楽を覚え働かない。人生を踏み外す」と。もう一つ、始めてタイに出張した時に上司に言われました。空港から出る時に、ボーイ風の人が寄ってきて、「“1,000円、1,000円(くれ)”と連呼する事がよくある。あげてはいけない。楽して暮らそうと考え、人間を駄目にする」と。但し、人生には幸不幸があります。気の毒な人に救いの手を差し伸べるのは当然。それは経済面だけでなく、ボランティアでもいいでしょう。人間は支え合うべき、何事も「世の為人の為」。最後に、お貰いさんの話です。当時、私は子供のお貰いさんには心が痛み、お金をあげました。私は、「理屈よりも情を重んじたい」が本音です。
(2)『第六話;足洗い屋敷』より、「他人様が楽しんでいる時に働かねばならない、というふうに考えてはいけないよ。働かせて頂いているのだ、と思いなさい」「図体が大きくなると、必ずどこかに手抜かりが出る。主人の目が隅々まで届かないほど店を広げてしまったら、きっといつかはその手抜かりの為に、興した時よりも店を縮めなければならない時がやってくる」
●感想⇒世の経営者に読ませたい文章です。最近の不祥事の例です。A社は、創業40年を超える大企業です。経営理念は「社会性・公益性・公共性の追求」です。売上を伸ばしたいが為に、守銭奴の言うままに巨額の金銭を渡した容疑です。社会への裏切り行為で代償は大きいでしょう。企業の存在意義の再考が望まれます。愚直に働く社員を慮り、働き甲斐のある会社に再生出来ると良いですね。会社には、経営理念があります。経営の再点検と活動の健全性を判断出来る仕組み作りをすべきです。そして、立場を利用して甘い汁を吸う人間は厳罰に処せられるべきです。
(3)『第七話;消えずの行灯』より、「あの夫婦は、亡くした子供を二人で悼むのではなく、その傷をお互いに深くし合って生きて来たのではないか。そして、家の中に安らぎを得る事の出来ない喜兵衛は外に女をこさえ、お松はなおさら泥沼にはまり込む。だが、お松は決して狂っているわけではあるまい。おかしくなったふりをして、夫が汗水たらして築いた身代をへずらせ、おかしな噂が立たないように気を遣わせる事で、楽しんでいるのだ」
●感想⇒事故で行方不明の娘を発端に、仮面夫婦になる話です。家族にこうした不幸があると、夫婦関係は、2通りに分かれると思います。1つは、すれ違いです。本書では、亭主は外で女を囲います。女性として許し難い行為ですね。もう一つは、不幸の傷心を癒す為に絆が一層深まり、互いを思い遣るです。本書は、前者の形を書いています。後者が多い(期待を込めて)と思うので、反面教師にしたいものです。所で、離婚の原因は性格の不一致が多いそうです。コミュニケーションと不満を溜めこまない生活を心掛ける事。主婦(主夫)の大変さ(家事、子育て・・)を受止め感謝し、その気持ちを伝え、協力を惜しまない事。自戒の念を込めて。
4.まとめ;7つの短編は、江戸時代の市井で起きた事件を題材にした、人情話です。江戸時代とはいえ現代でも十分通用する内容になっています。中でも、「第一話;片葉の芦」と「第七話;消えずの行灯」は、痛く心に響きました。その理由は、上記の「個別感想」に少し書きました。本書からは、解説にもあるように、「分かりあえないかもしれないが、いつかは気持ちの通じ合う事があるのではないかという熱い思い」が伝わってきます。世の中には理不尽な出来事が多く、絶望感に浸る事もあります。そんな時に再読したい宮部ワールドの世界。人間関係の肝は普段の良好なコミュニケーションに尽きると思います。(以上)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年8月8日
読了日 : 2022年2月2日
本棚登録日 : 2022年2月2日

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