舞台は中世イタリア。カトリック修道院内で起こる怪事件の謎を、かつて異端審問官として名を馳せていたバスカヴィルのウィリアム修道士と物語の語り手である見習修道士メルクのアドソが解き明かしていく。
ホームズとワトソンを彷彿とさせる彼らの謎解きを軸に、緊張感のある7日間を描き出しています。もともとラテン語で書かれ、フランス語に訳されたメルクのアドソの手記を「私」(エーコ)が手にするという枠物語の形式で始まります。
怪事件自体は割とシンプルなものです。ところが、教皇と皇帝の権力闘争や宗教論争、終末意識、キリスト教の教典など歴史的背景が複雑に絡み合い、右へ左へと脇道に逸れていきます。その度に「フランチェスコ会…ふむふむ」「ローマ教皇のアビニョン捕囚?…ほうほう」などと脇道にすっかり腰を下ろしてしまいなかなか立ち上がれない。立ち上がった頃には「この人誰だっけ」と数ページ戻りながら遅々として進みません。事前に色々と知識を蓄えていればより面白く、よりすらすらと読み進められるのでしょうが、このみちくさ読書も楽しかったです。
そして何よりこの縦横無尽に張り巡らされた脇道も、一行たりとも不要な箇所はないと気付きます。読み終えると様々な問いが浮かびます――「信仰とは?」「正しさとは?」「神とは?」。
血生臭い描写も多いのですが、事件の鍵と見られる異形の塔にある文書館に迷い込む場面や、アドソの初恋(とあえて呼びます)の描写は幻想的かつ甘美で美しいものです。
読書の面白さを十二分に体験できる、知的好奇心が思いきり刺激される作品でした。
とはいえ重厚感のある上下二巻を読み終えたものの、博識のエーコが示した意図の半分も汲めていないはず。そして訳者である河島英昭氏の下巻巻末に書かれた解説を読むと、こぼれおちたパズルのピースを拾うように再び冒頭から読み直したくなる気持ちになります。今すぐは難しいですが、また挑みたくなる本となりそうです。
普段の倍以上の時間をかけて読み進めている間に、まさか著者の訃報(2016/2/19)を聞くことになるとは思いませんでした。残念でなりません。
~memo~
伊語・原タイトル『Il Nome della Rosa』
英訳『The Name of the Rose』
- 感想投稿日 : 2016年3月10日
- 読了日 : 2016年3月10日
- 本棚登録日 : 2016年1月7日
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