これ、ラブストーリーだったんだ。それも飛びきりの。枝葉が多くて全体がふくらんでいるから見通しがよくないけれど、枝葉を刈りこんでしまえばシンプルな話だ。読み終えてふと帯を見たら、ちゃんと書いてあった。「もう会えないなんて言うなよ」って。
大船駅のラストシーンが美しすぎる。今どきインスタントカメラかよ。現像しなくていいよ、だと? ふざけんじゃないよまったく。全然似合わないよ。甘ったるくて見ちゃいられないよ。ほら、目から汗が...。
700頁を越える長編。全体が4話に分かれてはいるものの、主人公の高校生花菱英一の家族と交友関係が中心のひとつながりの長いストーリーになっている。いろいろな事件、出来事が次々に起こるが、錯綜していないので混乱することもなくスラスラ読めてしまう。もともと読みやすい文章を書くことにおいては天下一品の著者だし、豊かな表現力のせいで主要登場人物のキャラが立っていてわかりやすいのだ。
宮部みゆきの文章については、何度も繰り返し書いたので今さら付け足すこともないが、ほんとうに感心してしまう。この人の頭の引き出しはどうなっているのだろう。たとえば、「笑う」という引き出しにはゆうに100個くらいの表現が詰まっていて、そのつど最適なのを引っ張り出してきてはピタリとはめるから、読み手にはその笑い方ひとつで、作中人物がどんな人でどう感じているかが目の前に見るように浮かんでくる。つい親近感を覚える。そして作品世界に惹きこまれる。そうなったらすでにもうお釈迦様の掌の上だ。
これはこれでハッピーエンドなんだろうな。諸々のことはほぼ片づいてしまったし。ラブストーリーとしてはどうなのかという気もちらっとはするけれど、常識的にいえば妥当な結末だろう。この作者は読み手を裏切ったり放り出したりするような邪悪な結末が書ける人ではない。人が困っていたり、不幸だったりするのを黙って見ていられない人なんだろう。だから安心して読める。人にも薦められる。でも、やっぱりちょっとかなしい。もう会えないなんて。
- 感想投稿日 : 2012年12月31日
- 読了日 : 2010年9月23日
- 本棚登録日 : 2012年12月31日
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