金閣寺 (新潮文庫)

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中学生の娘の課題本の中の一つ。
どれがいいのかなと言われて私が「あなたは三島由紀夫はこういう機会でないと読まないだろうから読んでみたら?」とお勧めしたのだが、クラスでこれを選んだ人は2,3人だけだったらしい。そんな娘から「もう!全然わからなくて半泣きで読んだ!文学少女のお母なら面白いかもね」と言って回ってきたわ 笑(※文学”少女”じゃありませんが/笑)



実際の金閣寺放火事件をもとにした小説。
主人公である溝口という僧侶見習い学生の一人称で、放火に至るまでの心理を溝口の幼少期から辿り解きほぐしている。

溝口には、美に関する潔癖さを求める反面、人の裏切りや嫌悪感を見ることに喜びを感じる性質もある。
それは、幼い頃から僧侶の父に金閣寺の美しさを聞いて育ち、溝口の心のなかで絶対的な美として根付いたこと、しかし生まれついての吃音で人との交流が苦手なところから成り立った性質だ。
<私はただ災禍を、大破局を、人間的規模を絶した悲劇を、人間も物質も、醜いものも美しいものも、おしなべて同一の条件下に押しつぶしてしまう巨大な天の圧搾機のようなものを夢見ていた。P61>

村でも官能的で小悪魔的な美少女の有為子の裏切り行為を見て喜びを感じたり、
見栄えも完璧な海軍機関学生の象徴であるかのような短剣の内部に傷をつけて、美しいものの中にある瑕疵に弑逆的な喜びを感じたりする。
この海軍機関学生だが、見栄えも精神的にもキラキラして後輩に一説振って時代の最先端という感じで、溝口の実が手とするタイプである。しかし溝口が「じぶんは軍人にはならない。坊主になるから」ということを吃りながら告げたところ「ふうん、そんならあと何年かで、俺も貴様の厄介になるわけだな」とつぶやく。自分の日常の行く先は戦って死ぬことだと理解している、この時代の刹那的な煌めきを感じる。

溝口は父の紹介で金閣寺に見習い僧侶に入る。だが実際に見た金閣寺はごく普通の3階建ての木造の寺であり、心に描いてきた絶対的な日の象徴ではなかった。<美しいどころか、不調和な落ち着かない感じをさえ受けた。美というものは、こんなに美しくないものだろうか、と私は考えた。(P33)>という複雑な心境。

その気持が変わったのは、戦争が始まり、金閣寺も有限なのだと思ったときだった。ずっとあるものもなくなるかもしれない。金閣寺の美しさは有限である。それを感じた時に美しさが際立って感じられるようになった。

考えが陰に籠りがちな溝口に対して、陽性を振りまく学友の鶴川。
溝口の考えをさらに斜に構えたように世界を見ている柏木。この柏木は内反足の障害を持つが、溝口の吃音コンプレックスとは違い、障害を逆手に取り人の心を操り、特に高嶺の花であるかのような女性を次々籠絡しては捨ててみせる。
溝口は柏木から示され女性と関係を持とうとするが、そのたびに美の象徴である金閣寺が浮かび、どうしても踏み込めなくなるのだった。
金閣寺。自分が日を眼にすると目の前に現れて無効化してしまう金閣寺。
ある日、菊の花と蜂を見ていたときだった。自分を蜂と同化させると金閣寺は現れずに、菊の花として認識する。
そこで美に対する認識を改めて考えることになる。

美に対する風雑な心持ちは人との関係にも現れる。
ある日溝口は、自分の老師が芸姑を連れているところに出くわす。そしてそのつもりはないのに老師を付け回しているかのように思われてしまう。
溝口はそこでむしろ老師を脅迫するような真似をする。老師が自分を叱りつけることにより、人の醜さを知れば、その時こそ人を受け入れられるのではないかと思ったのだ。だが老師からは完璧な沈黙が帰ってくる。その後溝口は学校もサボり寺から行方をくらませたり、学費を使い込んだりもする。
溝口の母は、息子が金閣寺住職になることを夢見て(そして途中まではその有力候補であった)生きていた。溝口の破壊的行為をただ失望してみることしかできない。
<母を醜くしているのは…希望だった。P253>

そして老師は、まるで無視するかのような見捨てたことを見せつけるような態度を見せる。
<自分のまわりのもの凡てから逃げ出したい。自分の周りのものがぷんぷん匂わしている無力の匂いから。…老師も無力だ。酷く無力なんだ。それがわかった。P225>
老師に「私を見抜いてください」と問いかけるが、「見抜く必要はない。その面に現れている」とまるで相手にされないのだった。
<われわれが突如として残虐になるのは、うららかな春の午後、よく刈り込まれた芝生の上に、木漏れ日の戯れているのをぼんやり眺めているような、そういう瞬間だ。P242>


金閣を焼かねばならぬ。

その後も溝口は逡巡する。老師や他の僧侶たちに見せつけるかのような堕落を示し、柏木に思わせぶりなことを言い、小刀を買い、使い込んだ鐘で童貞を捨てるがそれでも決行にはなにかが足りない。

ある夜ついに今夜決行を決める。
最後に見た金閣寺はまさに美そのものだった。
準備していた藁や荷物を足利義満像の前に積み、火をつけて回る。
共に死ぬつもりだったが、死に場所と決めた蔵の扉を開けられない。
拒まれていると感じた溝口は金閣寺を飛び出し、山で燃え盛る金閣寺を見る。
「生きよう」と思った。


===
読書会メモ

・この時代の人は、突然奪われるということ、自分の行く先は直接死があるということをわかっている感じがする。
・自分を強制していた枠がなくなり、戸惑って心の行く先が金閣寺へと向かった。
・戦前日本文化の象徴だった金閣寺だが、終戦でこれまでの価値観が一気に変わった。人の心は変わったが、象徴である金閣寺は残っている。
・法と混沌。三島由紀夫は法。終戦で、価値観が壊れたということをこの小説で著した。
・美しく壊れるべきだったものが残った。壊れるべきだったから壊した。
・壊れないことを確認するためにわざと壊そうとする人という印象。
・宗教は人の心を救うものなら、金閣寺という宗教建築物を壊すことで一人の青年が「生きよう」と思ったのなら、宗教の本来としてそれは良くないけど良いのかな。
・金閣寺を恋愛対象としてストーカー殺人。
・「金閣寺」と、三島由紀夫が自決した「自衛隊」は同一的なものか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ●日本文学
感想投稿日 : 2022年2月19日
読了日 : 2022年2月19日
本棚登録日 : 2022年2月19日

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