檸檬 (新潮文庫)

著者 :
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5

肺結核で31歳で亡くなった梶井基次郎の短編集。
小説的なものや実際の行動が伴うものもあるが、鬱々とした心のうちを紙面に顕した私小説のようなものも多い。

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心にのしかかる得体のしれない不安の塊を抱えて街を彷徨う。私はみすぼらしくて美しいものに惹かれていた。果物屋で見つけた檸檬を手に取ると不安の塊が弛むようだった。そしていつもは敷居の高い丸善に入り、手に取った本を積み上げる。手当たり次第に積み上げ潰し築き上げる。そしてそのてっぺんに檸檬を据えつける。
この冴え渡った色彩。
そのままにしておいて私は外へ出る。
もしあの檸檬が爆弾だったら。
粉葉微塵となる丸善を想像しながら私は軽やかな気持ちでそこを離れた。 /檸檬

幼い妹が死に、親族の家で療養する少年の日々。 /城のある町にて

ぬかるんだ心を持つ男の一日。母の呼び声さえも不幸を司るものの呼びかけのようだ。/泥濘(でいねい)

雨上がりの崖の傾斜を破滅に魅せられたように滑った。 /路上

病の日々で刺々しい心を持つ筆者だが、自分の心に映る醜さや美しさを記してゆく手紙形式。「妄想で自らを卑屈にすることなく、戦うべき相手とこそ戦いたい、そしてその後の調和にこそ安んじたいと願う私の気持ちをお伝えしたくこの筆を取りました」(P107) /橡(とち)の花

幼い頃離れた町を再び訪れた。幼い自分の姿を見た、燐寸の火、夜行列車の電灯が消えた後に現れた得体のしれない感情。 /過古

苦しい研究生活を続けながら妊娠中の妻と住む家を探す男と夢の話。夢で女の太腿が生える庭を見たり、路上で出産する牛の話や、ロシアの初々しく叶わなかった初恋の短編の話が差し込まれる。 /雪後

心の病んでいる生き物を想う。病気を持った娼妓、唖の娼妓の話。/ある心の風景

Kは月の光の作る自分の影の中に自分の姿を見ていた。影とドッペルゲンゲル。Kが溺死した夜、影が本当に見えるものになり、そしてKは月の世界へ飛翔したのだろうか。 /Kの昇天

肺の病は進んでいた。生きる熱意を感じず、吐いた血にも感情を持てなくなっている。しかし作品は続けて読まなければいけない。/冬の日

桜の樹の下には屍体が埋まっている!
だからあんなに見事に咲くんだ。
爛漫と咲き乱れている桜の樹の下一つ一つに屍体が埋まっているのだと、そう思うことにより、今こそ桜の下で花見を楽しむことができる。 /桜の樹の下には

音楽会のソナタを聴きながら浮かんだ器楽的幻想。 /器楽的幻覚

白日のなかにこそ闇が満ち充ちている。青い空を見てこれこそが深い闇だと思った。 /蒼穹

山の道で水の音を効く、その魅力を感じながら深い絶望も感じる。生の幻影は絶望と重なっているのだ。 /筧の話

私の部屋にいる冬の蝿。黒ずみ萎縮し緩慢な動き。私は飲み残しの牛乳に溺れる彼らを助けようとも思わなかった。
数日家を離れた私は自然の中にも苦しさを感じる。
家に帰ってきたら蝿たちは出てこなかった。私の食べ残しと暖房がなく死んでしまったのだろう。
それなら私も”なにか”に生かされて、そしてその”なにか”はその気もなく私を殺すのだろうか。 /冬の蝿

崖の上の道から開いた窓を見る。開いた窓に寄せる、見たい、見られたい、という感情。 /ある崖上の感情

猫の耳というものを切符切りでパチンとやりたくなったことがあるだろう!猫にとって重要なのは耳ではなくその爪だ。そして私は夢の中で爪を切られた猫の腕を切り取って女の化粧パフにする姿を見る。
私の目の上にいる猫よ、今しばらく爪をたてないでそのぬくもりを感じさせておくれ。 /愛撫

闇を滅法に走るという泥棒の話と、自分が学生時代に歩いた林の完全な闇への安心感、美しさ。 /闇の絵巻

喧嘩していた猫がまるで抱き合うような姿となった。その美しさ。
相手を求める河鹿の雄と雌の姿。その可憐さ。この風情ほど私を感動させたものはなかったのだ。 /交尾

肺の病の主人公が、病人との会話で感じたことや、でも結局は最後の死のゴールへ引き摺られてゆくんだよなあ…と思う話。 /のんきな患者

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ●日本文学
感想投稿日 : 2020年3月30日
読了日 : 2020年3月30日
本棚登録日 : 2020年3月30日

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