こころ (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社 (1991年2月25日発売)
3.89
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本棚登録 : 3917
感想 : 380

この小説は、万華鏡だ。とても変化の激しい万華鏡だ。視点を変えると、違った物語が見えてくる。年齢を経て再読すると、以前見えなかったものが見えてくる。だからこそ、万人に読まれ続けているんだろう。

人間の善悪、心の変化がつぶさに描かれていて、それだけでも充分興味深く読める。自分と重ね合わせてしまうこともあるだろうし、よく似た経験を部分的にでもしたことがある人もいるかもしれない。テーマの普遍性は、この小説の魅力のひとつだ。私など、夜更けに読み始めて、途中でやめられなくなり、手紙部分もまるで自分が『私』になってしまったかのように一気に読んだ。見事に夏目漱石の罠に嵌められてしまった。

だけどもうひとつ大事な点があると思う。この小説は当時、おそらく大きな時事的問題を取り扱った作品であったろうという点だ。

乃木将軍の殉死が、小説内には2回出てくる。主人公の父が新聞を読んだ時と、先生の手紙の中だ。おそらくわざとリフレインさせているのだと、ピンと来て調べてみたら、乃木夫人の名前は『先生』の奥方と同じ『静(静子)』であった。この小説の核は、実は乃木将軍の殉死なのではないか。彼の心を、手紙という形で読み解き、その手紙を読者に一気に読ませるための仕掛けを、それ以外のところにちりばめたのではないか。『先生』という呼び名は、晩年学習院院長であった乃木将軍の印象なのではないか。そんな思いが一気に湧いた。

リフレイン効果は、冒頭部分にもある。『先生』の性格が大きく変わる要因になった事件を、『私』が先生と出会うきっかけになった友人が、とある電報を受け取るシーンで前振りしているようなのだ。他にも、登場人物の対比や、話を少し見せてすぐ引っ込めて謎を置き、読む者の興味を惹きつける手法など、いろいろと心憎い。読み終わってみてから「ああ、やられた!」と気付くことも多い。

明治期の歴史には弱い私にも、これは何かあると気付かせ、時事ネタを扱っているにも関わらず、1世紀経って事件がニュースではなく歴史となってなお、多数の人の心を動かすとは。

何年か経って、またこの万華鏡を再び覗いてみたいものだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2015年7月14日
読了日 : 2015年7月14日
本棚登録日 : 2015年7月14日

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