赤ひげ診療譚 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1964年10月13日発売)
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本棚登録 : 1194
感想 : 161
5

これは間違いなく名作だ・・・!
読み終えた即座にそう思いました。

幕府管轄の小石川養生所。
そこには腕利きの老医師、新出去定がいた。
特徴的な髭の様子から「赤髭」というあだ名の去定。
そこに新しく赴任されてきたのが物語の主人公、保本登。
長崎で蘭学を学び、エリート医師の卵である登はいずれ幕府の御番医になるつもりであり、小石川養生所に勤務する事を不服に思う。
患者は治療費も払えないような貧乏人ばかりで、勤務は激務。
最初、登は赤髭に反発し、長崎で学んだ蘭学の知識もこんな所で使うのはもったいないと出し惜しみする。
そんな登が養生所で働く1年の内に、労を惜しまず貧しい人々を治療する赤髭の姿、その考え方に触れ、徐々に変わっていき、人間的に成長する姿を描いた作品。

これ、読む前に予想していたのと違う事が多々ありました。
まず、主人公が赤髭こと新出去定じゃないこと。
さらに、彼の個人医院かと思いきや、幕府管轄の養生所で、赤髭と主人公の他にもたくさんの医師がいること。
小さい事で言えば、主人公の名前が意外にも現代風なこと。
そして、ただ医療行為を通して医師と患者の心のふれあいを描いたといった感動作でなく、結構人間の汚い部分やドロドロした人間模様を描いた作であること。

赤髭も正にそういう人で、魅力的な大人物ではあるけど、聖人じゃなく絵に描いたような人格者じゃない。
一点の曇りもないような人物ではなく、腹が立てばそれを表面に出すし、幕府の悪口だって言う。
でもそういう自分をちゃんと分かっている。
私はこういう人こそ、本当に魅力的な大人だと思う。

この話に出てくる患者たちは過去につらい経験をしていたり、様々に複雑な事情を抱えている人ばかり。
最初の話「狂女の話」の色情狂とされる女性は、富豪の娘でありながら、幼い頃手代に悪戯をされ、その後も別の男に体をもて遊ばれ、精神に異常をきたしたという過去がある。
「駈込み訴え」では、実の母親にその情夫と無理やり結婚させられた女性が出てきて、自分の夫の悪事をお上に訴え、反対に罪に問われてしまう。
「むじな長屋」では、訳あって愛しくてたまらない妻を刺し殺した男の話。
「三度目の正直」は、女に言い寄られるのが当たり前になり、一度はその女と結婚をしようと思うも、向こうに惚れられると及び腰になり女から逃げる男の話。
「氷の下の芽」では、人でなしの両親に売られないように、長年白痴のふりをしてきた妊娠した女性が出てくる。
どの話も人間の業というものを感じ、人間とはつくづく弱いものだ、そして強いものだと感じる。
そんな人間たちを見つめる赤髭の眼差しがいかにも人間的で、深い情を感じる。
きれい事だけでない壮絶な人間模様をしっかりと描いた作です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 山本周五郎
感想投稿日 : 2013年7月4日
読了日 : 2013年4月24日
本棚登録日 : 2013年7月4日

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