6枚の壁新聞 石巻日日新聞・東日本大震災後7日間の記録 角川SSC新書 (角川SSC新書 130)

制作 : 石巻日日新聞社 
  • 角川マガジンズ(角川グループパブリッシング) (2011年7月9日発売)
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感想 : 45

 東日本大震災ではソーシャルメディアが大きな役割を果たしたことが注目された。電話やメールが通じない中、Twitter等によるコミュニケーションが全国規模で行われたことは、今回の災害を強く特徴づけられるものだろう。
 そしてそれはTVやラジオ、新聞など既存メディアの役割を新たに見つめ直すきっかけにもなった。

 石巻日日新聞は宮城県石巻市に社屋を構え、同市の他、東松島市・女川町等を主な配達エリアとする8ページ建ての地域紙である。この小さな新聞社の名を一躍世界に知らしめたのが、地震の翌日から6日間に渡って発行された手書きの壁新聞だった。
 3月11日、地震とそれに伴う津波の影響で印刷機器が使用できなくなった同新聞は、手書きで新聞の発行を続けることを決定。新聞用ロール紙を切り取ってマジックペンで大きな壁新聞を制作、避難所等に貼り出してしていったのだ。
 輪転機どころか個人向けのプリンターでさえ高性能の機器が簡単に手に入る時代である。学級新聞でもあるまいに手書きの新聞なんて!と考えてしまうのは平常という恵まれた環境に身を置く者の特権だ。想像を絶する災害により全てを失った人々にとって情報は、水や食料、電気に匹敵する重要なライフラインである。
 5か所の避難所と、コンビニエンスストアのガラスに貼り出された壁新聞を被災者らは食い入るように見つめていたそうだ。
 本書は、そんな壁新聞発行をめぐる壮絶な記録である。

 夕刊紙である同新聞はあの日午後2時ごろには輪転機を回していたという。新聞社にとって当り前の光景。しかしそれは未曾有の災害によって破壊されてしまう。社長の近江弘一はめちゃくちゃになった社屋の中で決意する。「今、伝えなければ、地域の新聞社なんか存在する意味がない」
 もちろん社員ら自身も被災者である。家族の安否もわからない。同僚の生死もわからない。そんな異常な状況のもので手書き新聞を発行し続けた心境は如何なるものだったのか。

 ここで個人的な思い出を語る。先日、石巻日日新聞社の武内宏之常務取締役報道部長の講演会が私の地元で開催された。当時の写真のスライドを交えて話される内容は壮絶の一言だった。
<会社の窓から津波に流されていく車が見えた。車内に助けを求める人の姿が見えたが、何もできなかった>
 終始穏やかな口調だったが、その言葉はとても重かった。
 受け入れがたい現実に直面させられた時、人はただ立ち止まってしまうのかも知れない。武内氏は「これは映画の一場面に違いない」と考えてやり過ごしていたという。そうしなければ正気を保つことができなかったのだ。
 当時、大手メディアの記者が次々と被災地入りし全国に向けてその様子をリポートしていたが、被災者に必要な情報はなかなか伝わらなかった。武内氏は語る。
<被災地の様子を全国に伝えるのも大事だが、被災地の人々に必要な情報を届けることも大事だ>
 本書口絵には武内氏が6人の記者と写っている写真が収められている。ここに写っているのが石巻日日新聞に勤務する記者全員である。この合計7名が伝えようとした事は何だったのか。

 また同じく口絵に6日間の壁新聞の写真も収録されいてるが、日が経つにつれ情報量が多くなっていっているのがわかる。それは復興へ向けて少しずつ立ちあがろうとする鼓動のようだ。この壁新聞はワシントンの報道博物館「ニュージアム」に永久保存される事が決定し、また同新聞社に対し国際新聞編集者協会特別褒賞が授与される事も決定。さらに菊池寛賞が贈られることも決まった。
 わかるだけでいい。正確な情報を必要な人に届けること。すべてのメディアの役割の原点だ。

 もちろん物事は美談だけではない。震災直後の町ではカメラを向けられた人々から怒りの言葉を投げかけられた。当然だろう。また壁新聞発行が英雄譚のように語られているが、そもそもそれは地震や津波に対する危機管理ができていなかった事の結果であり、実際印刷した新聞の発行を続けている他の新聞社もあった。
 そして事実として購読する人自体が減ってしまったという現実は経営を脅かすものでもある。
 暗澹たる気持にならざるを得ないだろう。武内氏は語る。新聞発行が正常に戻った現在、なるべく希望の持てる紙面を作ろうとしているが、どうしても辛いニュースも載せなくてはいけない、と。被災地で自殺者が増えているという今、何ができるのか。

 この本を読んで物足りなかった点がある。新聞社には記者だけでなく、営業や販売、配達員に至るまでさまざまな職種の人間がいる。ぜひそんな人々の記録も読んでみたかった。
 そしてメディア以外の職業の人々の記録も読んでみたい。あの日、たくさんの哀しみが生まれ、たくさんの想いがあの地には交錯したはずだ。そんな記録を後世のために残してほしい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2011年12月19日
読了日 : -
本棚登録日 : 2011年12月19日

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