スキエンティア (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

著者 :
  • 小学館 (2010年1月29日発売)
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本棚登録 : 455
感想 : 48

 都市に聳え立つ高層タワー「スキエンティア・タワー」。その頂上にはスキエンティアと呼ばれる女神像が佇んでいる。スキエンティアが見下ろすのは、科学に根差し科学に依存しながら生きざるを得ない人々のささやかな暮らし。
 このコミックで描かれるのは、スキエンティア・タワーの見える街で、科学に翻弄されつつ人の生を懸命に生きる市井の人たちの人生の一瞬である。

 帯に“ヒューマンSFシリーズ”と銘打たれた本書は、週刊ビッグコミックスピリッツ及び月刊スピリッツに2008年から2010年にかけて断続的に掲載された連作短編をまとめたもので、7編が収録されている。
 それぞれに特殊な機械や発明品が重要なファクターとして登場。それらに関わって登場人物たちの生き様はどう変化してしまうのか。

 第1話「ボディレンタル」は自殺願望の女性が自身の身体を老婆に貸し与える話。藤子・F・不二雄の短編「未来ドロボウ」を彷彿とさせるが、設定は微妙に異なっておりラストの余韻は少し違った味わい。
 第2話「媚薬」では、女性に情熱を感じられない男が『誰かに惚れるために』強力な媚薬を服用する。人工的にドキドキ感を得た男が最後に見たものとは。
 第3話「クローン」は事故により失った娘をクローン技術で再生させようとする女性が主人公。蘇った娘は失くした娘の身代わりなのか。葛藤が主人公を襲う。
 第4話「抗鬱機」に登場するのは、薬よりも数倍効果のある精神を高揚させる機械。厳格な父の影響で全てに無気力に生きる青年は、この機械で仕事を人生を充実させていくが、大きな見返りも待ち受けているのだった。
 第5話「ドラッグ」では命と引き換えに『愛』を見る事が出来るという謎のドラッグが描かれる。このドラッグに惹かれた女子高生は製造者を探そうとするのだが、その決意の裏には複雑な家庭事情があった。
 第6話「ロボット」の主人公は長年建築に携わってきた中年男。自らの死期が近い事を知った男が、介護ロボットと共に過ごす最期の日々を情感豊かに描く。
 最終話「覚醒機」では三十路を迎えたバンドマンが人生の岐路に立たされる。そこで提示された選択肢は、寿命を縮めてでも隠れた才能を引き出すか、音楽の道を諦めて普通のサラリーマンとして生きるか。

 以上のように、各話には教訓めいた展開があり、基本的にはすべて「いい話」系のラストを迎える。そこが“ヒューマンSFシリーズ”と呼ばれる所以だろう。
 つまりこのコミックはSFでありつつ、作者が描くのは科学がもたらした人々の意識や心の変化なのだ。
 一人一人のライフスタイルが多様化し、コミュニケーションのあり方も変化しているこの時代、何かにすがりつかなければやっていけない時もあるし、人との関わりを絶ってしまいたくなる時だってあるだろう。
 「高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない」というのはSF作家アーサー・C・クラークの有名な格言だが、まさに本書でも科学によって魔法のような力を手に入れた人類が、その力を持て余しながらも強く生きていく様が描かれている。

 スキエンティア・タワーと女神スキエンティアはそんな科学の象徴として全編において登場人物たちを見守り、登場人物たちに見守られている。そう、本書はSFとヒューマンドラマを融合させた傑作コミックである。
 ちなみに評論家の福井健太氏によると、「スキエンティア」とはラテン語で科学の女神にしてサイエンス(science)の語源なのだそうだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: コミック
感想投稿日 : 2013年2月1日
読了日 : -
本棚登録日 : 2013年2月1日

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