フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

  • 新潮社 (2006年5月30日発売)
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感想 : 1146
5

この本は、凄い・・・。
本書は、世界中でベストセラーとなり「傑作」の名をほしいままにしているが、実はこう言う本だったのか・・・。目から鱗が落ちる思いだ。

この本をものすごく簡単に説明すると、17世紀のフランスの数学者ピエール・ド・フェルマー(1601年~1665年)が
  「俺、こんな問題と答えを思いついちゃったんだけど~♪お前ら解ける?もちろん、やり方は教えな~い。解けるもんなら解いてみ。」
と言って(もちろん、実際はこんな言い方はしていないw)、答えも教えずそのまま死んでしまったのだが、その後の多くの数学者達が血のにじむような努力を重ね、その解法のヒントを少しずつ得ながら、約350年の後、プリンストン大学の数学者アンドリュー・ワイルズが1995年にそれを解いたという物語を非常にドラマチックに描いたドキュメンタリータッチの作品と言えばよいだろうか。

この『フェルマーの最終定理』と呼ばれる定理は、
  『3 以上の自然数 n について、X^n + Y^n = Z^n となる自然数の組 (X, Y, Z) は存在しない』
というものだ。
350年以上も解かれていないという定理だからもっと複雑なものを想像していたが、算数レベル(もちろん小・中学生レベルね)の知識しかない僕でも何となく意味することは分かる。
例えば、このnが2だとしたら、つまり2乗であれば、
  3^2 + 4^2 =5^2   9+16=25
というように解が存在する。ちなみにこれはピュタゴラスの定理と呼ばれている。
ただ、これが3乗となると、先ほどの3、4、5で試すと
  3^3 + 4^3 =5^3   27+64≠125
となり、解は無い。
つまり『フェルマーの最終定理』を解くということは、これがどんな数字でも、どんな組み合わせでも3乗以上であれば絶対に解は無いということを証明しろということなのだ。

数学の素養の全くない僕には、なにをどうしたらよいのか全く分からないが、過去の数学者達はこの問題に一生をかけて取り組んでいった。

この本は数学の歴史から始まり、フェルマーがこの定理を考えついた背景、そして、その『フェルマー予想』(まだ証明がされていないものは『予想』と呼ばれる)が証明できるか否かに取り組んだ数学者ひとり一人について詳細に描写していく。そして約350年かけて数々の歴史的な数学上の発見や定理に基づき、最後にアンドリュー・ワイルズ教授がこれを証明するまでが詳細に描かれていくのだ。
 
この本に読むに当たっては、とりあえず、数学の素養は必要ないし、アンドリュー・ワイルズ教授がどうやってこの定理を証明したのか、その論文の内容がこの本で紹介されている訳でもない。もし、その論文の内容が紹介されていたとしても、普通の読者はまったく理解できないだろうが(笑)。

この本の特筆すべきところは、数々の数学の理論や定理をごくごく簡単に説明し、それぞれの数学者がどのような人生を送って、どのような苦労をしたかを詳細に説明することによって、この『フェルマー予想』を証明することがどれほど困難であるかということを読者に鮮やかに説明してくれるところにあるのだ。
例えるなら「エベレストに登ること」がどれほど大変なのかということを「エベレスト登頂に失敗した多くの登山家」にインタビューしながら「エベレストに登ったことの無い筆者」が「エベレストに登ったことの無い読者」に上手に説明しているような感じである。

もちろん、現在はエベレストにはたくさんの登頂者がいるので「なんだ大したことないじゃん」と思う人もいるかもしれないが、約350年以上誰も解くことができず、実際に存在するかも分からない解法を探し求めるという難易度を考えれば、エベレストを約10倍高い山として想定するか、『天空の城ラピュタ』や『アトランティス大陸』の実在を証明するくらい難しいと思ってもらった方が分かりやすいかもしれない。

この本には数多くの数学者の方々が登場し、多くの日本人数学者もこの『フェルマー予想』の解法のヒントを提供しているのにも驚いたのだが、僕が本書の中で一番気になった数学者はフランスの女性数学者ソフィー・ジェルマン(1776年~1831年)だ。
ソフィー・ジェルマンの人生をみると、こんなアニメの主人公のような女性が実在したのかと驚かされる。

ソフィーは13歳でフランス革命を迎えた女性であり、当時の女性にとっては数学を勉強するなどということは、ほぼあり得ない時代だった。20歳そこそこの年齢だったソフィーは、数学の面白さに魅せられ、どうしても数学を勉強したいと思い、実在の男性になりすまして大学の数学の授業を聴講、当時の数論の世界的権威であったドイツ人数学者のガウスと「ムシュー・ルブラン」という男名を使って数論について文通をするほどの実力を持っていたのだ。
そんなガウスはある事件が起こるまで「ルブラン」が女性であるとは全く知らなかった。
ガウスが「ムシュー・ルブラン」の正体を知ったのは、1806年、ナポレオン軍がドイツ領土に侵攻した際に起こったできごとがきっかけだった。ソフィーはドイツにいたガウスの身を案じ、たまたま知り合いであったナポレオン軍の司令官に「ゲッチンゲン大学ガウス教授」の身の安全を頼んだのである。
司令官はソフィーの願いどおり、ガウスの身を保護し「あなたが生きているのは、ソフィー・ジェルマンのおかげですよ」と教えた。ガウスはそれが誰だか分からなかったが、ソフィー・ジェルマンこそが彼が長年数論を指導していた文通相手「ムシュー・ルブラン」であることを後に知るのである。ガウスは「ルブラン」が若い女性であったことに驚いたが、その後も変わらず彼女を指導し続けた。
女性蔑視が当たり前だった時代、まるで『ベルサイユのばら』のオスカルのように「男装の数学者」として活躍したソフィー・ジェルマンがなした「フェルマー予想」に関する研究は、その後何百年もの間、数学者が探究していくうえでの基礎を作ったのだ。

ちなみにソフィー・ジェルマンをモデルにした『数字はわたしのことば: ぜったいあきらめなかった数学者ソフィー・ジェルマン』という絵本がほるぷ出版社から出版されているので今度読んでみたいと思う。

このように「フェルマー予想」を証明しようとした、多くの数学者の人生が本書で生き生きと描かれている。このソフィー・ジェルマンのほかにも10代で『ガロア理論』を確立し、21歳で非業の死を遂げたフランスの若き数学者で革命家のエヴァリスト・ガロア(1811年~1832年)や「フェルマー予想」の解法に大きな役割を果たした「谷山-志村予想」を発表した日本の数学者の谷山豊と志村五郎の驚くべき生涯など興味深い数学者が数多く取り上げられている。
本書を読んでそれぞれの数学者のことをさらに詳しく知りたいと思う読者はたぶん僕だけではないはずだ。

本書はドキュメンタリーとしても、大きな謎を解く極上のミステリーエンターテイメントとしても楽しめるのは間違いない。そして著者のサイモン・シン氏の筆力の凄まじさがそれを可能ならしめているのである。

この世界には「天才」と呼ばれる学者達が数多くいることが分かったのだが、この「フェルマーの最終定理」を生み出した当の本人ピエール・ド・フェルマーが本当はどうやって証明したのかは、いまだに永遠の謎のままである。
この「フェルマーの最終定理」を証明したアンドリュー・ワイルズ教授は、8年がかりで、しかも、350年間の間に培われた多くの数学者たちが発見した多くのヒントを使って、この定理を証明した。
一方、350年前の数学の知識でこの「定理」を創り出したフェルマーは、本当に350年間に一人の本当の『超天才』だったかもしれない。
しかし、もしかしたらフェルマーは
  「『こんな問題と答えを思いついちゃったんだけど~♪』ってあの時は言ったけど、実ははったりだったんだよね~、本当に解いちゃった人がいるんだ凄いね~☆」
と天国で驚いているという可能性もなきにしもあらずなのである(笑)。
全く数学の素人の僕でもそう思うのだから、この定理を解いたアンドリュー・ワイルズ教授をはじめ「フェルマー予想」を解こうとした過去全ての数学者達があの世にいったらぜひフェルマーに会って真相を知りたいと思っているに違いない。

こんな数学界の偉大なロマンを本書によって知ることができたのは、自分の人生によって大きな一歩となったのは間違いない。そして、この経験を他の多くの読書人と分かち合うことができたら、読書人としての僕の人生にこれ以上の幸せはないだろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2019年10月9日
読了日 : 2019年10月7日
本棚登録日 : 2019年10月9日

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コメント 4件

やまさんのコメント
2019/11/09

kazzu008さん
こんばんは。
やま

kazzu008さんのコメント
2019/11/11

やまさん、こんにちは。
コメント、いいね、ありがとうございます!

マリモさんのコメント
2020/01/05

こんにちは!この本、kazzu008さんのレビューがすごく面白くて、お正月に全部読むぞ☆と思っていたのですが、明日から仕事を控えてまだ中盤です。。なかなか時間かかっていますが、めっちゃ面白いですねー。全く理系の頭脳を持ち合わせていない私でも面白く、もっと理系だったらもっと面白かっただろうなーと悔しいくらいです(笑)
読んでみて、kazzu008さんの、エベレストの例えがとてもよくわかります!エベレストに挑んできた数多の天才のすごさはもちろんのこと、エベレストに昇らずにエベレストの困難性を登山門外漢の読者にここまで伝えてくる作者の力量と、この専門的な世界を余すところなく伝えてくる訳者の力量もすごいなーと感嘆しています。あと少しがんばります(笑)

kazzu008さんのコメント
2020/01/11

マリモさん。こんにちは。

コメントありがとうございます。
返事が遅くなり申し訳ありません。
この本は本当に面白いですよね。
確かにこれだけのことを伝える筆者と訳者の力量のすばらしさに尽きると思います。

僕も文系人間なので、理系の人が読んだらさらに面白いのでしょうね。

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